2015年3月10日火曜日


先週の説教要旨「 自由に妨げもなく 」 使徒言行録28章11節~31節 

1年半にわたって読み続けてきた使徒言行録を読み終える。一冊の書物をコツコツと読み続け、それを読み終えるというのは感慨深いものがある。やっと、ここに辿り着いたという思いもあるし、ついに終えるという思いもある。その感慨深さを「 ついに 」とか「 やっと 」という言葉で表現するものだ。使徒言行録の最後は、パウロがローマに着いたことが記されている。幾多の困難の末にようやくローマに着いたのであるが、「 こうして、わたしたちはローマに着いた 」(14節)と、「 ついに 」、「 やっと 」という言葉ではなく、「 こうして 」と実に淡白な表現となっている。そのことは、ローマにたどり着いた感動に勝る「 使命遂行 」の思いがパウロにあったからにほかならないだろう。パウロの目的はローマに来ることではなく、ローマでキリストを証することであった。パウロはそこに焦点を定めていた。

ローマでのパウロの生活は比較的自由があったようだ(16節)。そこで早速パウロはローマに到着して3日後、ローマに住むユダヤ人たちを招いて伝道を始める。自分がなぜ、ローマに来なければならなかったのか、それは同胞のユダヤ人たちが自分の伝えるキリストを信じ、受け入れようとせず、むしろ反対して暴動を起こしたために、私は騒ぎを起こした人間として捕らえられてしまった。そしてその裁判の過程でどうしてもローマの皇帝に訴えざるを得なくなったのだ、と言う。だがよく聴いて欲しい。私がこのように鎖につながれているのは、あなたがたが先祖代々、待ち望んできた望みが、キリストのもとにあるのだと私が伝えているためなのだ。そのことを理解してほしいと・・・。集まっていたユダヤ人たちは、あなたがたに関しては至るところで反対が起こっているのは知っているが、あなたの考えていることを私たちも直接あなたの口から聞いてみたい・・・。それで、日を改めてローマに住むユダヤ人たちが大勢でパウロが捕らえられていた。パウロは「 これぞ、自分がローマに来た目的 」と心を込めて神の国の福音を語り、キリストを証した。しかしその結果は、どうであったか・・・。「 ある者はパウロの言うことを受け入れたが、他の者は信じようとはしなかった 」(24節)。死ぬ思いでローマにたどり着き、そして伝道した。しかしその結果は目を見張るようなものではなかったと言うのだ。果たしてパウロはどう思ったであろうか・・。しかしこれが伝道の現実、人の心の頑なさの現実なのである。伝道は、人の頑なさの現実と向き合うことである。

パウロの話を聞いていたユダヤ人たちが立ち去ろうとするときに、パウロは預言者イザヤの言葉を思い起こして言った。「 あなたたちは聞くには聞くが、決して理解せず、見るには見るが、決して認めない。・・・・・こうして、彼らは目で見ることなく、耳で聞くことなく、心で理解せず、立ち帰らない。わたしは彼らをいやさない 」(26節、27節)。福音を聞いてある人は心を動かす。しかしある人は全く心を動かさない。人の目と耳は、人によって違って見えたり、違って聞こえたりするものだ。同じことを見、同じものを聞いても、その人の心の状態によって全く異なる見え方がし、異なる聞こえ方がする。パウロが語る救い主イエス・キリストは、「 ダビデ王のように強さを持った王の再来、それこそが救い主 」と考えていたユダヤ人たちにとっては、パウロの言葉はとても救い主を語る言葉には聞こえなかった。多くの場合、人が十字架につけられたイエス・キリストに救いを見ることができないのは、知識が足りないからではない。むしろ反対に、知識があり過ぎるからである。この世の知識、常識があり過ぎるために、それにさえぎられて真実を見ることができなくなってしまうのである。当時のユダヤ人たちもそうである。救い主に対する知識があり過ぎたのだ。伝道することは、人の心の頑なさと向き合うことである。当然、そこには痛みがある。労苦が実らない痛み、福音が踏みにじられる痛みがある。パウロはローマの信徒への手紙において「 わたしには深い悲しみがあり、わたしの心には絶え間ない痛みがあります。わたし自身、兄弟たち、つまり肉による同胞のためならば、キリストから離され、神から見捨てられた者となってもよいとさえ思っています 」(ローマ9章2節、3節)と言った。これはパウロだけではない。キリストを宣べ伝える教会がいつも心に覚えている痛みだ。語れば語るほどに、同胞の耳が頑なになってしまう。その痛みの中で御心がなりますようにと祈り続ける。私たちもこの痛みを知っている。神の御心がどこにあるか分からなくなるよう途方に暮れる痛みも知っている。しかしそれにもかかわらず大胆になれる。全く自由になれる。痛みを抱えながらの教会のこの歩みを私たちも望みをもって受け継ぎ、私たちがこうしていることはあなたがたの望みのためだと、私たちも私たちになり語り続けて行きたいと願う。しかしそれでもパウロは「 全く自由に何の妨げもなく」(31節)伝道したと言う。それらの痛みからも自由であったと言うのだ。なぜであろうか。パウロがプテリオに着いた時、そこにもすでにキリスト者たちがいた(14節)。パウロよりも先に誰かがキリストを運んでいた・・・いや、キリストがパウロに先立ってローマへと赴いていてくださったのだ。伝道とは、すでにそこで働いていてくださるキリストと自分が出会って行くことなのだとパウロは知った。だから伝道に伴う痛みからも自由になれたのだと思う。2015年3月1日)

2015年2月28日土曜日


先週の説教要旨「 もてなしの火 」 使徒言行録27章39節~28章10節 

子どもさんびか120番は、私の大好きな賛美歌のひとつ。その歌詞は「 どんなときでも どんなときでも くるしみにまけず くじけてはならない イェスさまの イェスさまの あいを信じて  どんなときでも どんなときでも しあわせをのぞみ くじけてはならない イェスさまの イェスさまの あいがあるから 」というもの。キリスト教信仰の精髄とも言えることが、この短い歌詞の中に込められている。使徒パウロがローマへと護送されるときに、パウロたちの乗った船が暴風に遭い、難船してしまったという箇所を読み続けている。もし、パウロの時代にこども賛美歌の120番があったら、おそらくパウロはこの賛美歌を歌いながら暴風雨と戦っていたのではないかと思う。パウロは必ず、無事にローマに到着すると神様から約束の言葉を与えられていたが、その約束が与えられていなかったら、おそらくパウロは何度も死を覚悟したのではないかと思う。そういう危機の中で、パウロはこどもさんびか120番のように、イエス様の愛を信じた。信じて行動した。その結果、パウロはどうなったか・・・イエス様の愛はどのようにパウロの身に現れたか・・・。その点に着目して、今朝、この箇所を読んでみたいと思う。

パウロたちの乗った船は最初のピンチを切り抜けた。「 あきらめの心 」に支配されていた船の中に一致と希望が生まれた。パウロが神の言葉を伝え、彼らを励ましたからである。陸は近くなり、望みも見えてきている。俺たちは助かる・・・そう思っていた矢先にさらなるピンチが起きた。砂浜のある入江を見つけて前進したのだが、深みに挟まれた浅瀬にぶつかって船を乗り上げてしまい、船首がめり込んで動かなくなり、船尾は激しい波で壊れだしたのである。さらに悪い動きが起こる。兵士たちは、囚人たちが泳いで逃げないように、殺そうと計ったのだ。もし囚人たちを逃がしたら、監視役であった自分たちが代わりに刑を負わなくてはならないから。兵士たちが囚人を殺そうと動き出したとき、パウロはどんな思いだっただろうか。一度持ち上げられてから、いきなりズドーンと落とされる。そういうときは、以前よりも激しく心が動揺するもの。だからパウロは一生懸命、神様の約束の言葉を自分に言い聞かせていたんじゃないかと思う。信じろ、イエス様の愛があることを・・・と。すると、パウロを助けたいと思った百人隊長は、この計画を思いとどまらせ、泳げる者がまず飛び込んで陸に上がり、残りの者は板切れや船の乗組員につかまって泳いで行くように命令したと言うのである。そして、全員が無事に上陸することができた。兵士たちは囚人たちを殺そうとした行為は、軍隊の本質を言い当てていると思う。軍隊の本質は、軍を守ることであって、国民を守ることではない。いざとなると、あの沖縄戦のように、ガマと呼ばれる洞窟に避難し身を隠していた島民たちを後から来た軍人たちが追い出し、自分たちの身の安全を計ったというようなことが起こるのである。軍隊は国民を守るものであるというのは、決して自明のことではない。むしろ軍隊が優先して守るものは、自分たちの軍なのである。そういうことを考えると、百人隊長の一言でもって、パウロたちは生き延びることができたというのは実に奇跡的なことである。ここにはイエス様の愛が働いていた、確かにパウロの身にイエス様の愛が働いていたということではないだろうか。

 パウロたちが、大荒れの海を泳ぎ、雨の打ちつける中をたどりついた島の名前はマルタ島。泳いできた276人は皆、ずぶ濡れだったが、そのような難民に対してマルタ島の住民は大変親切にしてくれた。降る雨と寒さをしのぐためにたき火をたいて、パウロたちをもてなしてくれた。このホスピタリティーによって、パウロたちは身も心も温まったに違いない。顧みて、日本列島という私たちの島は、難民へのホスピタリティーという点で、良い印象を与えているだろうか。かつて、日本列島を「 不沈空母 」のようにしたいと言った首相がいた。私たちは、要塞の島よりも、マルタ島のようにしたい、それが私たちの切実な祈りである。島の人たちが用意してくれたもてなしの火に当たっていると、一匹の蝮が熱気のために出て来て、パウロの手に絡みついた。島の人々はパウロの手から、その生き物が下がっているのを見て、こう言い合った「 この人はきっと人殺しにちがいない。海では助かったが、『 正義の女神 』はこの人を生かしておかないのだ 」(4節)。ところがパウロはその蝮を振り払って火の中に落とす。いくら待ってもパウロに変わった様子は見えない。その結果、彼らは考えを変えて「 この人は神様だ!」と言い出した。そしてパウロたちは島の首長プブリウスの家に招待されることになり、パウロは熱病と下痢とで床に着いていたプブリウスの父を、祈ってから手を置いて直してあげる。このことを知った島の人たちは次々とパウロのもとを訪ね、そして癒され、パウロたちが島から出帆する時には必要な品々を用意してくれましたと言うのである。私たちはこのもてなしの火の背後にも、イエス様の愛の働きを見ることができるのではないか。マルコによる福音書第16章18節には、復活のイエス様が弟子たちに授けられた約束の言葉が記されている。イエス様の愛が働いて、この約束の通りのことがパウロの身に起こった。イエス様の愛は確かにパウロに働いていた。イエス様の愛は今も信じる者に働いている。それは確かなこと。2015年2月22日)