2014年4月13日日曜日


先週の説教要旨 「 賛美する教会 」 使徒言行録11章1節~18節 
 神はユダヤ人だけでなく、異邦人をも救いに招かれる、その神の御業を記した不思議な幻を伴う出来事が、今朝の箇所で完結する。ペトロは、異邦人コルネリウスのところに導かれ、神が救いにおいて、人を分け隔てなさらないということをよく理解した。そして、聖霊を受けた異邦人コルネリウスに洗礼を授けたことを、エルサレムの教会に戻って、教会の人々に報告する。果たして・・・エルサレム教会の人たちは、異邦人コルネリウスが救われたということを受け入れるのか、そのやりとりが今日の箇所に記されている。

ペトロは丁寧に自分が経験したことを順を追って説明しながら、コルネリウスが聖霊の賜物をいただき、洗礼を受けて救われたことは、神がなさったことであって、その神がなさろうとしていることを誰が妨げることができるだろうか、と説得した。ペトロの説明を聞いた人々は、「 静まり、『 それでは、神は異邦人をも悔い改めさせ、命を与えてくださったのだ 』と言って、神を賛美した 」(18節)。静まりが生まれ、その人たちの中でぶつぶつぶつぶつ言っていたつぶやきがなくなった、コルネリウスたちを受け入れ、神の救いの御業を受け入れた。喜びと感謝をもって、賛美の歌を歌わざるを得ない思いをもって、これを受け入れた。真に素晴らしい教会の喜び語られている。最終的には、皆が神の御業を受け入れ、賛美する形で、一件落着している。ペトロは、彼らがそのように導かれるために、決定的なひとつの言葉を口にしていた。「 わたしのような者が、神がそうなさるのをどうして妨げることができたでしょうか 」(17節)。神がなさることを妨げてはならない。これが説得における決定的な言葉となった。教会の伝道の業は、神がなさる業を妨げないとするところにその特質がある、そう言うことさえできると思う。

 希望が丘教会は高座教会のIさんという方の家庭集会から始まった。でも、あまりにも人が集まらないので、牧師に「 申し訳ない 」 と言ってやめようとした。そのとき牧師は「 神が望まれて造った聖書会であるならば、人が壊してはいけないでしょう 」と言って続けたという。それが今日の希望が丘教会の始まりだった。神がなさろうとすることを妨げない、希望が丘教会はその信仰によって生まれた教会なのである。教会の伝道の業は、人間が何かの計画を立てて、精力的に事をこなすことによって進展するというのではなくて、むしろ、神が先導してくださるのであるから、その神がなさろうとすることを妨げない、そこに教会の伝道の働きの特質があるのだ。このことは、一見、消極的な姿勢に思えるかも知れないが、使徒言行録という最初の頃の教会の伝道を記したこの書では、伝道はいつも神が主導権をもって道を開き、教会はそれを妨げないようについて行く、そのことの連続である。

神がなさろうとすることを妨げない。それはもう少し丁寧に言うと、人を分け隔てなさらない神のなさることを妨げないということ。神は人を分け隔てなく、人をご自身の教会に招こうとされる。ユダヤ人であろうと、異邦人であろうと、若い人であろうと、高齢の人であろうと、男であろうと女であろうと、神は分け隔てなく、すべての人を救いに招き入れたいと願っておられる。教会の伝道の業は、神が連れて来られた人を分け隔てなく、教会の中に受け入れということなのであり、大切なのは神がお連れなさった人たちを受け入れる「 受け皿 」を用意することなのである。介護施設の中には、ハイソサエティーであることを売りにする施設もあるそうだ。設備も、働いている職員も、食事も、娯楽も、そして入居者も皆、ハイソ。そういう施設に入る人たちは、人生で成功を収めた人間、他の人たちとは自分は違う、そのことに強い自負の心を持っている。心のどこかに、自分と他者を分け隔て、優越感を味わっているところがある。しかし、最後の最後までその分け隔ての中で人生を終えるようにして、果たしてそれでいいのだろうか。それは神の価値観とは相容れない価値観なのだが・・・。その施設がしていることは、神が用意された「 汚れた動物も、清い動物も入っている大きな布 」の中から、「 これはいいけど、これはだめ 」と言って、選り分けをするようなもの。教会はこのような過ちを犯すわけには行かない。もし神が教会にお連れした人を、私たちが品定めして、「 これはいい、これはダメ 」と言い始めたら、とんでもないことである。神のなさろうとすることを妨げない、そういう考えを根底に持っていることが大事だ。それは、若い人と高齢者の差別をも排除する。教会の将来のために、若い人が必要だと私たちは考える。当然のことである。しかし、若い人が救われたときは大喜びし、もうあまり奉仕もできなくなっている高齢者が救われたときは喜びも小さいというのであれば、それはやはり違う。神は若い人が救われれば喜ばれるし、高齢の方が救われても、同じように喜ばれる。一人の罪人が悔い改めるならば、大きな喜びが天にある。教会はその喜びを共有する群れ。私たちの教会は、高齢の方が救われて、人生の最後に神様と出会えたという、そういう喜びを提供する場として用いられることを喜べる教会でありたい。先日召されたY姉は、自分が最後に身を寄せるべきところは、不動尊ではなく、やはり教会なのだ、という思いを看板書きの奉仕に込めておられた。私たちはその喜びを共有できる群れでいよう。  (2014年4月6日)

2014年4月6日日曜日


成瀬教会 <聖書日課>  4月7日~4月13日

4月7日(月) 詩 編 120編1節~7節
  120編から134編までは、「 都に上る歌 」と言われる、いわゆる礼拝のためにエルサレム神殿のある都へと上って行くときの巡礼の歌です。この120編がなぜ巡礼歌として数えられているのか、疑問を呈する人もいるようですが、詩編の作者が5節の地名から、外地に住んでいた離散のユダヤ人と考えられるので「 都に上る歌 」に組み入れられたようです。「 苦難の中から主を呼ぶと、主はわたしに答えてくださった 」(1節)。信仰は安全地帯を歩くようなものではありません。神は私たちに安全な道を保証されるのではなく、闇の中を行くように、危機的な道を一歩ずつたどらせるお方です。私たちは、神に呼ばわりながら、神の答えをいただきながら、その細い一筋の道を歩んで行くのです。

4月8日(火) 詩 編 121編1節~8節
  121編は「 都に上る歌 」の中でも最も有名なものです。「 目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来るのか 」(1節)。エルサレムは高い場所にあり、都が近づくと下から見上げるような都を仰ぐのです。ちょうど、谷底から聳え立つ山の頂を見上げるように。巡礼者たちは、谷底に置かれたような生活にあっても、目を高く天に向けた、その思いがあふれています。 見よ、イスラエルを見守る方は、まどろむことなく、眠ることもない 」(4節)。神はあらゆるものを見て、知っておられる方、というだけではありません。「 見守って 」いてくださる方です。この神の視線から逃れて、人間は決して楽にはならないのです。そのとき、人は「 守り 」を失っているのです。

4月9日(水) 詩 編 122編1節~9節
  「 主の家に行こう、と人々が言ったとき、わたしはうれしかった 」(1節)。幼い子どもが喜ぶ姿を見るのはもちろんのこと、人が喜んでいる姿を見るのはうれしいものです。ことに、お年寄りの人が心から喜んでいる姿を見ると、何か荘厳な「 人生の喜び 」を見るような思いがします。この詩編の詩人は、人々が「 神を礼拝しに行こう 」と言っている姿に喜びを感じています。年を取り、痴呆症になった母が「 今日は礼拝に行く日だから 」と、弱った体をゆっくりと動かしながら一生懸命に着替えます。しかもそれが毎日のことなのです。でも息子はその姿に、母の喜びを感じています。「 神を礼拝する者とされた 」人の喜びです。

4月10日(木) 詩 編 123編1節~4節
  「 御覧ください、僕が主人の手に目を注ぎ、はしためが女主人の手に目を注ぐように、わたしたちは、神に、わたしたちの主に目を注ぎ、憐れみを待ちます 」(2節)。観光バスに乗ると、今まで見たこともない素晴らしい景色ばかりで、ついついキョロキョロしてしまいます。それは楽しいことです。しかし人生は決勝点を目指して走るレースのように、キョロキョロせずに一点に目を向けて走るものだ、と聖書は言っています。決勝点がどこだか分からないような走り方をしないようにとパウロも奨めていますね(コリントⅠ9章26節)。神の手は、私たちに走るべき道を教え、目標を指し示し、なすべきことを示し、必要な良いものをすべて与えてくださるのですから、私たちは常に神の手に目を向けて行きましょう。

4月11日(金) 詩 編 124編1節~8節
  「 主がわたしたちの味方でなかったなら・・・そのとき、大水がわたしたちを押し流し、激流がわたしたちを越えて行ったであろう 」(1節、4節)。もし神が味方でなかったなら・・・そんなこと、考えただけでも息が止まる恐ろしいことですね。もしそうだとしたら、流れに棹差すように神に逆らって生きて行かなければならないとしたら、人生は耐え難いものであったでしょう。力尽きるまで苦闘の連続ということになったでしょう。しかし神は私たちの味方です。神はあの手、この手で私たちを祝福の世界へと導こうとしていてくださるのです。信仰は激流の中を行くのに似ています。世の激流を恐れ、人間的な安全策に走り妥協するとき、神を見失い、信仰を失うのです。激流のただ中でこそ「 神はれわらの方におられる 」のです。

4月12日(土) 詩 編 125編1節~5節
  多くの人々の人生は、経済、健康、人間関係などの破綻により、傷つき、思ってもみなかった多くの出来事に直面します。砂のようにもろく崩れ去り、海の水のように泡立ち、安定がなく、風に吹き飛ばされる「 もみがら 」のようです。それは信仰者であってもしばしば経験する人生の必修科目のようです。しかしそのような人生にあって、詩人は「 主に依り頼む人は、シオンの山。揺らぐことなく、とこしえに座る 」(1節)と歌います。嵐の中の平安、それが信仰の真髄です。

4月13日(日) 詩 編 126編1節~6節
  126編もよく知られている歌です。特に6節の言葉は伝道とのからみから引用され、耳にすることがありますね。「 種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は、束ねた穂を背負い、喜びの歌をうたいながら帰ってくる 」(6節)。種まきの多くは、寒風荒ぶる冬に行なわれました。春に備えてのことでしょう。農夫たちは泣きながら出て行きました。いちばん辛い季節に、いちばん辛い仕事を人だけが収穫の喜びを味わうことができるのです。背に耐え難い重荷がのしかかるとき、それは単なる重荷ではないのです。それは時がくれば必ず祝福を生み出す種なのです。私たちは種を背負っているのだということを忘れないようにしましょう。その重さは、そのまま祝福の重さに変えられる日が必ずあるのです。