2015年7月16日木曜日
2015年3月10日火曜日
先週の説教要旨「 自由に妨げもなく 」 使徒言行録28章11節~31節
1年半にわたって読み続けてきた使徒言行録を読み終える。一冊の書物をコツコツと読み続け、それを読み終えるというのは感慨深いものがある。やっと、ここに辿り着いたという思いもあるし、ついに終えるという思いもある。その感慨深さを「
ついに 」とか「 やっと 」という言葉で表現するものだ。使徒言行録の最後は、パウロがローマに着いたことが記されている。幾多の困難の末にようやくローマに着いたのであるが、「
こうして、わたしたちはローマに着いた 」(14節)と、「 ついに 」、「 やっと 」という言葉ではなく、「 こうして 」と実に淡白な表現となっている。そのことは、ローマにたどり着いた感動に勝る「
使命遂行 」の思いがパウロにあったからにほかならないだろう。パウロの目的はローマに来ることではなく、ローマでキリストを証することであった。パウロはそこに焦点を定めていた。
ローマでのパウロの生活は比較的自由があったようだ(16節)。そこで早速パウロはローマに到着して3日後、ローマに住むユダヤ人たちを招いて伝道を始める。自分がなぜ、ローマに来なければならなかったのか、それは同胞のユダヤ人たちが自分の伝えるキリストを信じ、受け入れようとせず、むしろ反対して暴動を起こしたために、私は騒ぎを起こした人間として捕らえられてしまった。そしてその裁判の過程でどうしてもローマの皇帝に訴えざるを得なくなったのだ、と言う。だがよく聴いて欲しい。私がこのように鎖につながれているのは、あなたがたが先祖代々、待ち望んできた望みが、キリストのもとにあるのだと私が伝えているためなのだ。そのことを理解してほしいと・・・。集まっていたユダヤ人たちは、あなたがたに関しては至るところで反対が起こっているのは知っているが、あなたの考えていることを私たちも直接あなたの口から聞いてみたい・・・。それで、日を改めてローマに住むユダヤ人たちが大勢でパウロが捕らえられていた。パウロは「
これぞ、自分がローマに来た目的 」と心を込めて神の国の福音を語り、キリストを証した。しかしその結果は、どうであったか・・・。「 ある者はパウロの言うことを受け入れたが、他の者は信じようとはしなかった
」(24節)。死ぬ思いでローマにたどり着き、そして伝道した。しかしその結果は目を見張るようなものではなかったと言うのだ。果たしてパウロはどう思ったであろうか・・。しかしこれが伝道の現実、人の心の頑なさの現実なのである。伝道は、人の頑なさの現実と向き合うことである。
パウロの話を聞いていたユダヤ人たちが立ち去ろうとするときに、パウロは預言者イザヤの言葉を思い起こして言った。「
あなたたちは聞くには聞くが、決して理解せず、見るには見るが、決して認めない。・・・・・こうして、彼らは目で見ることなく、耳で聞くことなく、心で理解せず、立ち帰らない。わたしは彼らをいやさない
」(26節、27節)。福音を聞いてある人は心を動かす。しかしある人は全く心を動かさない。人の目と耳は、人によって違って見えたり、違って聞こえたりするものだ。同じことを見、同じものを聞いても、その人の心の状態によって全く異なる見え方がし、異なる聞こえ方がする。パウロが語る救い主イエス・キリストは、「
ダビデ王のように強さを持った王の再来、それこそが救い主 」と考えていたユダヤ人たちにとっては、パウロの言葉はとても救い主を語る言葉には聞こえなかった。多くの場合、人が十字架につけられたイエス・キリストに救いを見ることができないのは、知識が足りないからではない。むしろ反対に、知識があり過ぎるからである。この世の知識、常識があり過ぎるために、それにさえぎられて真実を見ることができなくなってしまうのである。当時のユダヤ人たちもそうである。救い主に対する知識があり過ぎたのだ。伝道することは、人の心の頑なさと向き合うことである。当然、そこには痛みがある。労苦が実らない痛み、福音が踏みにじられる痛みがある。パウロはローマの信徒への手紙において「
わたしには深い悲しみがあり、わたしの心には絶え間ない痛みがあります。わたし自身、兄弟たち、つまり肉による同胞のためならば、キリストから離され、神から見捨てられた者となってもよいとさえ思っています
」(ローマ9章2節、3節)と言った。これはパウロだけではない。キリストを宣べ伝える教会がいつも心に覚えている痛みだ。語れば語るほどに、同胞の耳が頑なになってしまう。その痛みの中で御心がなりますようにと祈り続ける。私たちもこの痛みを知っている。神の御心がどこにあるか分からなくなるよう途方に暮れる痛みも知っている。しかしそれにもかかわらず大胆になれる。全く自由になれる。痛みを抱えながらの教会のこの歩みを私たちも望みをもって受け継ぎ、私たちがこうしていることはあなたがたの望みのためだと、私たちも私たちになり語り続けて行きたいと願う。しかしそれでもパウロは「
全く自由に何の妨げもなく」(31節)伝道したと言う。それらの痛みからも自由であったと言うのだ。なぜであろうか。パウロがプテリオに着いた時、そこにもすでにキリスト者たちがいた(14節)。パウロよりも先に誰かがキリストを運んでいた・・・いや、キリストがパウロに先立ってローマへと赴いていてくださったのだ。伝道とは、すでにそこで働いていてくださるキリストと自分が出会って行くことなのだとパウロは知った。だから伝道に伴う痛みからも自由になれたのだと思う。(2015年3月1日)
2015年2月28日土曜日
先週の説教要旨「 もてなしの火 」 使徒言行録27章39節~28章10節
子どもさんびか120番は、私の大好きな賛美歌のひとつ。その歌詞は「 どんなときでも どんなときでも くるしみにまけず くじけてはならない イェスさまの イェスさまの あいを信じて どんなときでも どんなときでも しあわせをのぞみ くじけてはならない イェスさまの イェスさまの あいがあるから
」というもの。キリスト教信仰の精髄とも言えることが、この短い歌詞の中に込められている。使徒パウロがローマへと護送されるときに、パウロたちの乗った船が暴風に遭い、難船してしまったという箇所を読み続けている。もし、パウロの時代にこども賛美歌の120番があったら、おそらくパウロはこの賛美歌を歌いながら暴風雨と戦っていたのではないかと思う。パウロは必ず、無事にローマに到着すると神様から約束の言葉を与えられていたが、その約束が与えられていなかったら、おそらくパウロは何度も死を覚悟したのではないかと思う。そういう危機の中で、パウロはこどもさんびか120番のように、イエス様の愛を信じた。信じて行動した。その結果、パウロはどうなったか・・・イエス様の愛はどのようにパウロの身に現れたか・・・。その点に着目して、今朝、この箇所を読んでみたいと思う。
パウロたちの乗った船は最初のピンチを切り抜けた。「
あきらめの心 」に支配されていた船の中に一致と希望が生まれた。パウロが神の言葉を伝え、彼らを励ましたからである。陸は近くなり、望みも見えてきている。俺たちは助かる・・・そう思っていた矢先にさらなるピンチが起きた。砂浜のある入江を見つけて前進したのだが、深みに挟まれた浅瀬にぶつかって船を乗り上げてしまい、船首がめり込んで動かなくなり、船尾は激しい波で壊れだしたのである。さらに悪い動きが起こる。兵士たちは、囚人たちが泳いで逃げないように、殺そうと計ったのだ。もし囚人たちを逃がしたら、監視役であった自分たちが代わりに刑を負わなくてはならないから。兵士たちが囚人を殺そうと動き出したとき、パウロはどんな思いだっただろうか。一度持ち上げられてから、いきなりズドーンと落とされる。そういうときは、以前よりも激しく心が動揺するもの。だからパウロは一生懸命、神様の約束の言葉を自分に言い聞かせていたんじゃないかと思う。信じろ、イエス様の愛があることを・・・と。すると、パウロを助けたいと思った百人隊長は、この計画を思いとどまらせ、泳げる者がまず飛び込んで陸に上がり、残りの者は板切れや船の乗組員につかまって泳いで行くように命令したと言うのである。そして、全員が無事に上陸することができた。兵士たちは囚人たちを殺そうとした行為は、軍隊の本質を言い当てていると思う。軍隊の本質は、軍を守ることであって、国民を守ることではない。いざとなると、あの沖縄戦のように、ガマと呼ばれる洞窟に避難し身を隠していた島民たちを後から来た軍人たちが追い出し、自分たちの身の安全を計ったというようなことが起こるのである。軍隊は国民を守るものであるというのは、決して自明のことではない。むしろ軍隊が優先して守るものは、自分たちの軍なのである。そういうことを考えると、百人隊長の一言でもって、パウロたちは生き延びることができたというのは実に奇跡的なことである。ここにはイエス様の愛が働いていた、確かにパウロの身にイエス様の愛が働いていたということではないだろうか。
パウロたちが、大荒れの海を泳ぎ、雨の打ちつける中をたどりついた島の名前はマルタ島。泳いできた276人は皆、ずぶ濡れだったが、そのような難民に対してマルタ島の住民は大変親切にしてくれた。降る雨と寒さをしのぐためにたき火をたいて、パウロたちをもてなしてくれた。このホスピタリティーによって、パウロたちは身も心も温まったに違いない。顧みて、日本列島という私たちの島は、難民へのホスピタリティーという点で、良い印象を与えているだろうか。かつて、日本列島を「
不沈空母 」のようにしたいと言った首相がいた。私たちは、要塞の島よりも、マルタ島のようにしたい、それが私たちの切実な祈りである。島の人たちが用意してくれたもてなしの火に当たっていると、一匹の蝮が熱気のために出て来て、パウロの手に絡みついた。島の人々はパウロの手から、その生き物が下がっているのを見て、こう言い合った「
この人はきっと人殺しにちがいない。海では助かったが、『 正義の女神 』はこの人を生かしておかないのだ 」(4節)。ところがパウロはその蝮を振り払って火の中に落とす。いくら待ってもパウロに変わった様子は見えない。その結果、彼らは考えを変えて「
この人は神様だ!」と言い出した。そしてパウロたちは島の首長プブリウスの家に招待されることになり、パウロは熱病と下痢とで床に着いていたプブリウスの父を、祈ってから手を置いて直してあげる。このことを知った島の人たちは次々とパウロのもとを訪ね、そして癒され、パウロたちが島から出帆する時には必要な品々を用意してくれましたと言うのである。私たちはこのもてなしの火の背後にも、イエス様の愛の働きを見ることができるのではないか。マルコによる福音書第16章18節には、復活のイエス様が弟子たちに授けられた約束の言葉が記されている。イエス様の愛が働いて、この約束の通りのことがパウロの身に起こった。イエス様の愛は確かにパウロに働いていた。イエス様の愛は今も信じる者に働いている。それは確かなこと。(2015年2月22日)
2015年2月22日日曜日
先週の説教要旨「 捨てて命を得る 」 使徒言行録27章13節~38節
パウロをローマへ護送する船は途中で嵐に遭い、難船してしまった。その漂流の様子が詳しく記されているが、私たちの人生も荒海の中を行く航海のようなものだと考えると、ここからもいろいろな神様からの語りかけが聞こえてくる。パウロの乗った船は総勢276人の人々が乗っていた。彼らは絶望の極みにあっ。船はアドリア海を幾日も幾日も難船となって漂流していた。船の上で人々は身を寄せ合っていよいよ迫ってくる終わりの時を待つしかなかった。人々はついに積み荷を捨て始め、とうとう船具までも自分たちの手で投げ捨てた。もはや自分で自分を救う最後の望みがなくなり、あとは運を天にまかせるしかない状況に追い込まれたのだ。「
幾日もの間、太陽も星も見えず、暴風が激しく吹きすさぶので、ついに助かる望みは全く消えうせようとしていた 」・・・人々はもはや食べることすらやめてしまっていた(33節)。食べることなど、この難破船の上では生命をほんの少しの間、引き伸ばすだけでしかなかった。そういう中でパウロだけが立ち上がって語り出した。「
しかし今、あなたがたに勧めます。元気を出しなさい。船は失うが、皆さんのうちだれ一人として命を失う者はないのです 」(22節)、「 今日で十四日もの間、皆さんは不安のうちに全く何も食べずに、過ごしてきました。だから、どうぞ何か食べてください
」(33節)。明日への希望があるのだから、今日すべきこと、すなわち、食べて力をつけて「 待つ 」ことをパウロは勧めた。なぜ、パウロだけが希望を語り得たのか。パウロの目にもまた、太陽は見えず星を目にすることはできなかった。パウロも皆と同じように望みなき中にいた。それなのになぜ・・・。
パウロの確信は23節~25節の神の言葉にあった。あなたは必ずローマに行い、わたしを証することになると・・・。つまりパウロは結果を知っていたのだ。結果を知っているということは、希望を生み出す。私たちひとりひとりの人生も荒海を航海するのに似ている。海の底に何があり、どんなことが待ち構えているのか分からない。道路を走るようにはっきりとした進むべき道が見えているわけではない。突然の暴風雨に襲われることしばしば。しかしそこでなお、私たちがその航海の結果を知っているとしたら、しかもその結果最終的に祝福へとつながっていることを知っていたら、私たちは希望を失うことなく、航海を続けて行くことができるのではないか。キリスト者というのは、結果を知らされている人間のことなのである。結果を知っていて、生きている人間、それがキリスト者。その結果というのは、「
神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています 」(ローマ8章28節)。必ず、最後に神の愛が勝利して、私たちは祝福に与ることになる、ということである。たとえ厳しい思いのままにその人生を終えるようなことがあったとしても、死の向こう側の世界で「
ああ、これで良かったのだ 」と言わせていただけるような祝福に与るということである。
私は船員たちが船を軽くするために次々と積み荷を捨てたという行動に何か暗示的なものを見る思いがする。彼らにとって船を軽くすることが助かる道だったわけだ。つまり捨てることが・・・。私たちは生きている間に色々な物を集めて、人生の船が一杯になってしまっている。嵐が来たら重くて沈没しかねない状況だ。そこで問われるのは、本当に大切にすべきものと捨ててもいいものとを見分けること。大切にすべきものとは、絶望的状況においても、なお希望を与えることのできるものではないか。私たちの歩みの結果を指し示してくれる神の言葉を繰り返し聞くことである。そこに希望は生まれる。私たちは忘れやすく、目の前のことに心を奪われやすい。嵐に遭えば目の前のことに右往左往してしまい、その大切なことを忘れ、焦って行動してしまう。だから繰り返し神の言葉を聴き、私たちの歩みの結果を語る言葉を心に堆積させて行くのだ。先日、FEBCの聖書を説く番組の録音を聴いていた。ところどころに保育園の子どもたちの声も混じって録音されている。その声の方に心を奪われぬよう、集中して御言葉を聞かなければならなかった。わたしたちの生活の中には、実にたくさんの声が聞こえてくる。そういう声に惑わされず、しっかりと聴くべき言葉を聞いて行こう。
船が陸地に近づいたとき、小舟を降ろして自分たちだけ逃げようとするものが出たのは象徴的だと思う。危険を脱し、望みが生まれ始めたときこそ、私たちは危険を迎えるのだ。困難のまっただ中にいるとき、人は神に祈り、神にすがる。しかし困難から脱し始めると、人の心は罪にとらわれ、神を忘れて、神から離れても自分で何とかやっていけるのではないかと思い始める・・・。だがそうではないのだ。
この箇所で、神はパウロに与え使命-ローマでも主を証する-をパウロが全うするまでは、パウロの命を召し上げられなかった。神は、私たちひとりひとりの人生に対しても計画を持っておられ、使命を託しておられる。その使命を私たちが果たし終えるまでは、神は私たちの人生を終わりとはなさらない。どんなに激しい嵐が襲っても、その使命が果されるまで必ず私たちを守ってくださる。御言葉を通して、結果を心に刻み、希望をもって使命を果たして行こう。(2015年2月15日)
2015年2月15日日曜日
先週の説教要旨「 世にあるキリスト者 」使徒言行録27章1節~12節
27章は、ついにパウロがローマ皇帝のもとに護送される船旅に出たことが記されている。『
新共同訳聖書 』の巻末に載っている地図9番、<パウロのローマへの旅>というのを見ながらこの箇所をたどってみるとよいだろう。護送の責任者であったローマの百人隊長ユリウスは、囚人パウロに対して大変親切に接し、仲間のアリスタルコの同伴を許可し、シドンの港に着いたときには船を降りてシドンの町の友人たちと会うことも許可してくれた。そのように一見すると、この船旅は快適なものであったように思えるのだが、地図中央のキプロス島の辺りを航行したときから雲行きは怪しくなるのである。向かい風に遭い、思うように進めない。風を避けるようにして何とかミラに着き、もっと馬力のあるイタリア行きの船を見つけ、乗り換える。しかしそれでも船足ははかどらず、ようやくのこと、クニドスの港に近づいた。しかし風に行く手を阻まれてクニドスの港に上陸することができず、進路を変えてクレタ島に向かい、「
良い港 」と呼ばれる港にたどり着く。しかし季節風の関係で、この時期の停泊には向いていない港だった。暴風をもろに受けてしまうのである。それで百人隊長は、船長と船主の勧めるままに同じクレタ島にある冬を越すには適した港フェニクスに移動する決断を下す。この時期、地中海は荒れるため、航海は数ヶ月の間、一時中断するのが通例となっていたのだが・・・。そのことを聞いたパウロは反対する。パウロは航海のプロではないが、3度にわたる大きな伝道旅行の経験から、船旅の経験もずいぶん重ねており、海のことをよく知っていたようである。パウロは人々に忠告する。「
皆さん、わたしの見るところでは、この航海は積み荷や船体ばかりでなく、わたしたち自身にも危険と多大の損失をもたらすことになります 」(10節)。しかし船長や船主たちは、どうにかフェニクス港までは行きたいと考え、出航してしまう。来週読むことになるが、案の定、彼らの船は暴風に遭い、難船してしまうことになるのである(14節、15節)。今朝はこの箇所から「 世にあるキリスト者 」ということを一緒に考えてみたいと思う。
この箇所には「 わたしたち 」と言う言葉が何度か登場する。最初は、この「
わたしたち 」はパウロとその仲間のことを指して使われているようなのですが、節が進むに連れてこの「 わたしたち 」は、範囲を拡大して行く。6節の「 わたしたち 」は、パウロとそれ以外の囚人たちのこと。そして10節の「
わたしたち 」は、百人隊長も、船長も、船主も、船に乗っている全ての者を指すと言った具合に。このときに至ってパウロは、ユダヤ人であろうとローマ人であろうと、キリスト教徒であろうと、他の神々を信じている者であろうと、皆、同じひとつの船に乗って航海をしている、言わば運命をともにとしている「
わたしたち 」と呼んでいるのである。これは実に興味深いことだと思う。皆さんは、『 宇宙船地球号 』という言葉をお聞きになったことがあるだろうか。国際飢餓対策機構が毎年発行しているカレンダーには、『
地球家族 』とか『 宇宙船地球号 』という言葉がよくて出てくる。地球という船は、ひとつの運命共同体であり、かけがえのないものである。この船にはイエス様を信じている者も乗っていれば、イスラムの信仰、あるいは仏教の信仰を持っている者もいる。肌の色も違う。しゃべっている言葉も違う。毎日お腹をすかせている子どもたちもいれば、満腹に満ち足りて、食べ残している人たちもいる・・・。実に多様な人たちが、この地球というひとつの船に乗り込んでいるのである。しかし皆同じ地球人、同じ人間、「
地球家族 」なのだ。家族なのだから、苦しい時には支え合い、うれしい時にはその喜びを分かち合い、たとえ仲が悪くなったとしても、いつかは仲直りをしてまた一緒に生きて行こう・・・。そういう願いがそこには込められている。しかし今の世界の状況は、争いが絶えず、互いに互いを滅ぼしかねない状況を抱えている。今もしパウロがこの地球船に同船していたら忠告することだろう。10節のように・・・。神と隣人に奉仕するという愛の論理に寄らない経済的圧力や軍事力という力の論理による最近の航行は、深刻な危機を招くのではないだろうか。パウロの忠告を信用しなかった「
大多数の者の意見 」による「 船出 」は、間違っていた・・・。私たち今、この時代にこの世界に遣わされているキリスト者たちは、『 キリストが教えてくださった愛の論理
』は信用されないとしても、共に生きる人々に向かって『 忠告 』しないで良いのか・・・。
パウロは彼の忠告を信用しなかった人々と運命を共にさせられる。しかし彼はその運命共同体の絶望的状態をキリストにある愛と祈りで支え続け、人々がなお希望を持って生きるように励ます(21節)。私たちは、神様からこの世界に遣わされている者たち。それはこの世界に生きる人々に危険を忠告するように「
地の塩 」としての働きをするため。あるいはこの絶望的な状況においても、なお望みがあると望みの光を輝かせる「 世の光 」という働きをするため。そして私たちの言葉に残念ながら耳を傾けず、その結果ますます苦しみを担うことになる人たちの苦しみを一緒に担って、その苦しい思いを彼らに代わって神様に向かって注ぎ出す、「
とりなし手 」の役割を担うためである。それらのことのために私たちは神から遣わされている。預言者ヨナのように船底で眠りこけてはいけない。(2015年2月8日)
2015年2月8日日曜日
先週の説教要旨「 伝道者の心 」使徒言行録26章19節~32節
今、私たち日本の国はどこに向かって進んでいるのだろうか。人質とされていたフリージャーナリストの後藤健二さんが殺害されたというニュースが飛び込んできた。これを受けて安倍総理は「
テロを許さない。我々はテロ屈せず、これからも国際社会と連携してテロと戦う 」という主旨の声明を発表した。一方、イスラム国側は「 日本は勝ち目のない戦争に参加するという無謀な決断をした
」と、いみじくもこれを「 戦争 」と言った。双方にそれぞれに言い分があり、それが平行線を辿り、最後は武力によって相手をねじ伏せ、片をつけるということが歴史で繰り返されて来た。しかし武力による制圧は、憎しみの連鎖を生むだけで本当の解決には至らないこともまた歴史は証言している。どのように理由、形にせよ、武力で相手を制圧する方向に向かうことは果たして、正しいことなのであろうか。戦後70年を迎えた今、私たち日本人はそのことを問われていると思う。
使徒言行録第26章は、捕らわれの身となっているパウロが時の権力者たちの前で弁明をしている箇所。「
フェストゥス閣下、わたしは頭がおかしいわけではありません。真実で理にかなったことを話しているのです 」(25節)。パウロはローマの軍事力を思うままにできる立場の人間に向かってそう言った。私は、今朝の礼拝でこのような箇所が与えられていることに深い神様の摂理を感じる。私たちは、戦争に突き進む決断ができてしまう立場の権力ある人間に対しても、「
私たちは頭がおかしいわけではありません。真実で理にかなったことを話しているのです 」と言う事ができるかと神様に問われているのではないだろうか・・・。パウロが捕らわれの身になっていることは、正当なことではないと総督たちは気がついていた。だから皇帝に上訴しなければパウロは釈放されていたのである(32節)。しかしパウロはたとえ捕らわれの身となっても、皇帝の前に立ち、語るべき福音を語る機会を得ることの方が大切だと思った。権威者に対しても、語るべき言葉を語りたいと願っていた。パウロの弁明の中心は「
王ばかりでなく、今日この話を聞いてくださるすべての方が、私のようになってくださることを神に祈ります。このように鎖につながれることは別ですが 」ということであり、ユーモアさえある。しかし鎖に繋がれることはなくても、あなたが王であろうとなかろうと、ユダヤ人であろうとローマ人であろうと、誰一人例外なしにつながれるべきものがある。それはイエス・キリストにつながれることだ。イエス・キリストを主とし、この方につながれた生活を造ることだと言うのである。この言葉をいかなる権力であろうとも聞いてほしい、それが伝道者パウロの心であり、教会に生きる者の心であると思う。
しかしパウロはなぜ、そういうことを語るのであろうか。パウロもかつては、権力の側に立った者であった。その権力を用いてキリスト者たちを力で屈服させ、殺そうとした。パウロはイエスの名が持つ力に恐れと不安を抱いていたのである。しかし殺意に燃えて向かったダマスコ途上において、パウロがこの地上から抹殺してしまおうと考えていたイエス・キリストがパウロを捕らえる。パウロとイエス・キリストの戦いに、イエス・キリストは勝たれた。パウロは荒れ狂う自分に勝ったイエス・キリストの力が、自分がそれまで知っていた力とは全く異質な、全く新しいものであることをそこで味わうことになった。その力をパウロは「
光 」と表現する(12節)。この光は、彼らの目を開かせる光であり、真実に気がつかせ、神のもとへと導く光であった(18節)。14節に「 とげの付いた棒をけると、ひどい目に遭う
」とあるが、パウロは力でもって相手を屈服させる生き方は問題を解決にではなく、かえって自分自身をも傷つけることになることに目が開かれた。キリストの力とは、滅ぼす力ではなく、赦し、悔い改めさせ、正しい方向へと生かす力であると知った。キリストの招きは、ユダヤ人であろうと、異邦人であろうと、日本人であろうと、誰一人として例外はない。すべての人に向かって呼びかけてられている。すべての人よ、神のもとに立ち帰れ。そこ以外に人間の生きうる道はないのだ。そのために、神の御子イエスがどれほど、心を砕いておられることか。イエス・キリストはそのために十字架の苦しみの中に立たれたのだ。あなたもまたイエス・キリストの苦しみの中に今、生き始める。この世の暴力を振り回す側ではなく、むしろその暴力がもたらす苦しみの中にこのイエス・キリストと共に立とうではないか。真実の勝利はそこに約束されているのだ。そう呼びかけることが教会の伝道であり、それが教会の心であろう。
権力ある者に堂々とキリストに従う道を語るパウロをフェストウスは「
頭がおかしい 」と言った(24節)。それは常識的ではないと・・・。神を信じること、キリストの救いにあずかること。そのことこそ真実なのであって、あなたのように自分の知恵、力に拠り頼んで神を無視して生きることの方が常識だと考える方が、おかしいのではないか・・・。政治の中枢に生きるフェストゥスにとって、パウロの言動は政治を知らない甘っちょろい非常識な人間にしか見えなかったことだろう。今日の政治家も「
武力を捨てよ 」と叫ぶのは、甘い、何も分かっていない人間だと言うであろう。だが昨日天に召されたヴァイツゼッカー元ドイツ大統領は政治の世界でこそ、キリストの山上の教えを真剣に生きようとした人物だったのである。彼の死がこのような時と重なったということに深い神様の摂理を感じずにはおれない。 (2015年2月1日)
2015年2月1日日曜日
先週の説教要旨「 主の証人として召され 」使徒言行録26章1節~18節
26章は、パウロがユダヤの王ヘロデ・アグリッパの前で弁明をしている場面である。弁明と言っても、その内容は信仰の証と呼んだ方がふさわしい。この証を今週と来週とに分けて読みたいと思う。
1節から3節までは弁明に先立つ挨拶であり、実際の弁明は4節から始まる。その内容は、パウロ自身も最初はイエス・キリストに対して反対の立場にあった(8節、9節)。反対の立場にあった自分がどうしてその立場を逆転させ、イエス・キリストを伝えるまでになったかということを語る、キリストとの出会いの証である。パウロはユダヤ人の宗教の中でいちばん厳格な派である、ファリサイ派の一員として生活していた。ファリサイ人は律法を重んじ、律法に生きることを何よりも第一のことと考える。そのパウロがナザレ人イエスを信じる信仰によって生かされている人々の群れを見たときに、「
これは自分と相容れない生き方であって、神を冒涜するものだ。これらの人々を残らず滅すべきだ 」と考えたのである。信仰の熱心というものは、往々にしてこういう形を取る。信仰はこうあるべきと考え、自分はそれに非常に熱心になっているとき、他者に対しても自分と全く同じように生きるべきだと考え、自分と同じように生きていない人たちを圧迫するということが起こる。このことは今日でも同じである。信仰に限らず、様々な文化、生活習慣、政治のシステムが世にはある。しかし今日の世界は、そういうものの違いを受け入れず、自分と同じように生きていない人たちを排除したり、圧迫しても構わない、それが当然のこととしてまかり通ってしまう世の中である。テロとか正義の戦争とか、いかにも正当な理由がつけられているが、ことの始まりが何処にあったかを冷静に見つめるべきであろう。そこには、自分と違う生き方をする人たちなら排除しても構わないという意識が働いているのではないか。表現の自由の名をもって、イスラム教徒を貶めるようなことが果たして認められるのであろうか。宗教というものは、自分たちと同じように生きていない人たちに対とどう関わっていけるか、そのことが重要なのである。かつてオウム真理教は自分たちと違う人たちを殺しても構わないと考えたが、イエス様は善きサマリア人のたとえで、隣人を愛することを教えられ、その隣人には同じ信仰であるとか、同じ民族であるというような枠はないのだと言われた。しかしこのときのパウロはそれと真っ向から対立する生き方をしていたし、そのことに非常に熱心であった。彼はキリスト者を捕らえようと、ダマスコへと向かう。その途上、強い光が照らし、彼は地に倒れた。そしてよみがえりのキリストと出会った。キリストは「
なぜわたしを迫害するのか 」と言われた。主を信じる信仰のゆえに厳しい迫害の中に命の危険を冒して、なおその信仰を守り抜いているその人々を主は「 わたし 」と呼んでおられる。ここでは主を信じる者の苦しみがイエス様の苦しみともなっている。私たちは苦しみも労苦も、何もかも自分ひとりで担っているように思い込んでしまうことがあるが、そうではない。私たちはひとりで苦しみを担っているのではない。キリストも共に担っていてくださるのだ。私たちはそれほどに、キリストと深く結びついて生きているのだ。
パウロはよみがえりの主によって「 地に倒れた 」。主がパウロの行く手を阻み、パウロを地に伏させたのである。これはただ単にパウロを地面に打ち倒して伏させたということだけでなく、それまでのパウロの生き方そのものを打ち倒し、地に伏させたということなのである。主に打ち倒されなければならなかったそれまでのパウロの生き方とは、どのようなものであったか。「
とはいえ、肉にも頼ろうと思えば、わたしは頼れなくはない。だれかほかに、肉に頼れると思う人がいるなら、わたしはなおさらのことです 」(フィリピ3章4節)。キリストにとらえられるまでのパウロの生き方は、肉に頼る、すなわち自分の力に頼り、そして自分の力を誇るという生き方。力を誇り、そして自分と相容れない生き方をする者を、力をもって屈服させる、あるいは殺す。そういう生き方をよみがえりの主は打ち倒される。しかしよみがえりの主がパウロを打ち倒されたのは、パウロを滅ぼしてしまうためではなく、救うためであった。救うためだけではなく、新しい使命を与え、それに生きるようになるためであった。一体、どんな使命が与えられたのか。「
わたしは、あなたをこの民と異邦人の中から救い出し、彼らのもとに遣わす 」(17節)。私たちに使命を与えられるというのは、私たちが救い出されて来たその場に、もう一度改めて遣わされることだと言うのである。改めて主の証人として遣わされるのだ。それは「
彼らの目を開いて、闇から光に、サタンの支配から神に立ち帰らせ、こうして彼らがわたしへの信仰によって、罪の赦しを得、聖なる者とされた人々と共に恵みの分け前にあずかるようになるためである
」(18節)。目を開かせる・・・今まで見えなかったことが見えるようにする。自分が立っていた高みとは深みであった、自分が生きていた安全とは破滅のことであった、自分が持っていた光明とは暗黒のことであった、自分の力を誇ることは他者を傷つけるだけでなく、自分自身をも傷つけることであったと、目を開かせる。かつてそのような誤解の中に生きていた私たちは再び、そこに遣わされる。主の証人として。(2015年1月25日)
2015年1月25日日曜日
先週の説教要旨「 主の手紙として生きる 」使徒言行録25章13節~27節
今朝の箇所は、新しく総督として着任したフェストゥスの前で再開された裁判(25章6~11節)と26章から始まるアグリッパ王の前でのパウロの弁明との間に挟まれている箇所である。パウロの言葉もなく、フェストゥスとアグリッパ王のパウロを巡るやりとりだけが記されていて、これと言った見所がないように思われる。このような箇所はさっさと通り過ぎてしまえば良いのかも知れない。しかしこのような箇所にも私たちを立ち止まらせるものがある。光り輝くような信仰の真理が現れ出ているのである。
ここに登場するのは3人、最近着任したばかりのローマのユダヤ総督まずフェストゥス、ユダヤの王アグリッパ王とその妹ベルニケである。アグリッパは父が17歳のときに死に、王位につくべき立場にいたが、ローマの政府が若いという理由からそれを許さなかったという過去を持つ。彼の家系は王位を維持するためには何でもするという血が流れている。一方、フェストゥス総督は、かつてはローマ帝国に奴隷としてとらえられていた敵国の人間であったが、敵国から得た奴隷であっても、有能な人間であればローマの高官に任じるというローマの政策によって命拾いをし、ここまで登り詰めることができた人物である。彼らのふるまいには、この世の権力を握っている者たちが自分の地位を守ろうとして、より強い者の顔色を伺うという姿が見受けられる。また、そのような権力欲としばしば結びついている、性倫理の乱れもというものがあったとも伝えられている。そのような人物たちの会話のみが記されていて、ここには何の光を放つようなことがないように見受けられる。だが、やはりここにも信仰の真理が輝いている。フェストゥスは、アグリッパ王が表敬訪問して訪ねて来たとき、パウロのことを相談する。ユダヤの事情に詳しい彼に相談し、囚人パウロを皇帝のもとに護送する際に添付する手紙の内容に書くべきヒントを得ようと考えたのである。彼は一応、パウロに対する自分の見解を述べている。死罪に相当するようなことは何もしていない、パウロが争っている問題は彼ら自身の宗教に関することと、死んでしまったイエスとかいう者のことで、このイエスが生きているとパウロは主張していると・・・。このフェストゥスの言葉こそ、光り輝く信仰の真理である。それは、死んでしまったイエスが生きているということである。エマウス途上の二人の弟子は暗い顔をして歩いていた(ルカ24章)。十字架にかけられて死んだイエス様が生きておられるという婦人たちの報告を信じられず、イエス様が死んだ、それでもう終わったと思い込んでいたのだ。イエス様が生きておられることが分かるということは信仰の急所であり、それが分かればすべての悩みは、もはや悩みとしての力を持たないと言うことができる。なぜか。イエス様自身がこう言っておられる。「
わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる 」(ヨハネ14章19節)。生ける屍という言葉があるように、人は絶望的な状況や困難に囲まれると生きる気力を失い、生ける屍のようになってしまうが、たとえそのような状況に置かれたとしても、信じる者は生き生きと生きる。主が生きておられるから・・・。主は私たちと生きた者同士としての交わりを求めておられる。だから私たちが死んだような状態に捨て置かれていることを主の愛は決してお許しにならないのである。必ず、生かさずにおかないのである。「
わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる 」。裁判にかけられ不遇を味わっているパウロもその信仰に生きていた。だからこそ、信仰のことを知らないフェストゥスが数日、パウロのことを調べ、彼に接しただけで、彼はイエスが生きているということにすべてをかけており、そのことのゆえに問題に巻き込まれているのだと分かったのである。果たして、私たちの言動を見て、信仰を知らない人たちがこれと同じような感想を持ってくれるだろうか・・・あの人の言う事、あの人のやる事を見ていると「
イエスは生きている 」、あるいは「 神様って、本当にいるんだと思う 」、そう言ってもらえるだろうか。私たち信じる者が神様を信じながら、もがき苦しみ、一生懸命生きている、そうであるならば、目を見張るような立派なことをしなくても、「
神様って、本当にいるんだ 」と言ってもらえるようになる、神様がそうしてくださると私は信じている。かつて息子のことを巡って、友子がクラスメートの母親からそう言われたことがあった。私たちは決して誇れるような子育てをしていたわけではなかったのだが・・・。
フェストゥスは、皇帝に「 確実なこと 」(26節)を書き送る書簡を求めていた。だがパウロという人は、イエス様が生きておられることが確実なこととして、誰に対してもはっきりと語りかけてやまない「
手紙 」だったのである。パウロはコリントの教会の人たちを「 キリストがわたしたちを用いてお書きになった手紙 」(コリント第二紙3章3節)と言った。私たちも主が生きておられることが記された生きた手紙なのである。私たちは主が生きておられることを証する手紙として生きているのだ。 (2015年1月11日)
2015年1月18日日曜日
先週の説教要旨「 神の法廷を心に留め 」使徒言行録25章1節~12節
図書館が本の福袋を始めたというニュースを見た。自分で本を選ぶと好みのものしか手に取らない。それだとどうしても世界が広がらない。そこで福袋形式にして自分以外の人に選んでもらった本を読むようにしてみよう。福袋という形式であれば、おもしろみもあって、自分の好みでないものが与えられても、読んでみようとするのではないか、というのである。なるほどと思った。神様のなさることもこれと似ていると思う。神様は私たちの信仰の世界を広げるために、私たちの好まないような体験を与えられる。しかしそのことによって、信仰の世界が広がって行く。たとえば福音書の中に、イエス様が夕方になって弟子たちを「
強いて 」舟でガリラヤ湖の向こう岸に向かわせたということが書かれている。プロの漁師であった弟子たちは、しばしば夕方からこの湖は風が強まり、荒れることがある。この時間帯に舟を出すのは好ましいことではないと知っていたから。しかしイエス様はそうするよう弟子たちに求められた。その結果、案の定、嵐に見舞われ、弟子たちは命を落とすかもしれないという恐ろしい経験をするのだが、このことによってイエス様は自然さえも言うことを聞かせることをおできになる方なのだ、この方は何という方なのかと、彼らの信仰の世界が広げられたのである。今、使徒言行録のパウロがユダヤ人から訴えられて裁判にかけられている箇所を読んでいる。エルサレムからカイサリアまで護送されて来たパウロは、総督フェリクスのもと2年間も裁判も行なわれず、留置されることになる。それはパウロにとって決して好ましいこととは思えなかったであろう。自由に世界を駆け巡り、福音を宣べ伝えることに使命と喜びを見出していたパウロなのだから。しかし神様は、こういう経験をパウロに与えられることを通して、彼の信仰の世界を広げようとしておられたのだと思う。
パウロに転機が訪れた。総督がフェリクスからフェストゥスに代わったのである。パウロは新しい総督のもと、いち早く裁判が行なわれることを期待した。しかしフェストが開いた裁判の席で、パウロのその期待は打ち砕かれる。ユダヤ人に気に入られようとしたフェストゥスは、エルサレムに戻っての裁判をパウロに打診したのである(9節)。こうして事態はパウロの思わぬ方向に動き出す。そこでパウロは言った。「 私は、皇帝の法廷に出頭しているのですから、ここで裁判を受けるのが当然です。よくご存じのとおり、私はユダヤ人に対して何も悪いことをしていません。
もし、悪いことをし、何か死罪に当たることをしたのであれば、決して死を免れようとは思いません。しかし、この人たちの訴えが事実無根なら、だれも私を彼らに引き渡すような取り計らいはできません。私は皇帝に上訴します
」(10~11節)。パウロは皇帝への上訴権を持ち出した。ローマ市民権を持つ者が、地方の裁判で不当に取り扱われて終わりとなることがないように、ローマでの裁判を要求できる特権である。これが出されれば、たとえ地方総督であっても拒否することはできない。このことによってパウロはローマへと移されることになるのだが、パウロとしてはカイサリアで無罪とされて釈放され、自由の身となってローマへ行くことを思い描いていたであろう。まさか囚われの身のままで・・・。かくして、「
勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない 」(23章11節)という主のお言葉は、不思議な形で成就して行くことになる。ユダヤ人たちの陰謀、そしてフェストゥスの下心、それらのものは退けられ、ただ主の御旨だけが成って行くのである。パウロは、この道が開かれるよう祈っていた、神に訴えていた。神に向かって訴える、祈る、そのことが人の道を開く、もっとも有効な武器となるのである。
「 私は皇帝に上訴します
」、パウロはローマ帝国の市民でもあったので、このように言って自分の裁判の場所を無力な地方法廷から皇帝の前に移した。このことは、私たちに大事なことを示唆していることに気がつく。私たちは自分に対する訴えや人に対する不満をどこで処理しようとするだろうか。行き当たりばったりの電話口であったり、立ち話、うわさ話など、決して好ましい形で処理しようとしないのではないだろうか。パウロの上訴から、私たちは正式な道筋に立つことの大事さを教えられる。ローマ帝国の市民であれば、皇帝への上訴であり、私たち神の民であれば、それを神に訴えるのである。それは言い換えると、祈りおいて訴えるということである。神に訴えることこそ、最もよい解決への道なのだ。今朝はヨブ記2章を合わせて読んだ。災難に見舞われたヨブを見舞おうと3人の友人が訪れる。最初は黙っていた彼らだが、次第にこのようなことになったのはヨブが罪を犯したからだと指摘し始める。そして無実だと神に訴えるヨブのその訴えをやめさせようとする。ヨブはこの試練をすでに乗り越えている信仰の告白をしていたが、友人たちの対応によってそこから引きずり降ろされるようにして、激しく神に訴えて行くようになる。かくして、最後の場面で神はヨブを正しいと認め、友人たちの発言を退ける。ヨブの物語は、神に向かって訴えることによって、難解な人生の問題が解決へと導かれることを示している。神に向かって訴えることをやめてしまっていけない。そこは私たちが本当に訴えるべき場所なのであるから。 (2015年1月11日)
2015年1月11日日曜日
先週の説教要旨「この町にはわたしの民が大勢いる」使徒言行録18章1~11節
今朝の礼拝は、2015年の成瀬教会の活動標語、「 この町にはわたしの民が大勢いる 」の源泉となった箇所、使徒言行録18章から御言葉を聴きたいと思う。
18章にはコリントにおけるパウロの伝道の様子が記されている。パウロはコリントの町の伝道のさなかに「 この町にはわたしの民が大勢いる 」という励ましの御言葉を聞いたのである。コリントという町は、のちにエルサレム、アンティオケアについで、当時のキリスト教会を代表するような大きな教会が建てられるようになった町である。新約聖書の中にはこの教会に宛てて書かれた手紙が2通収められている。パウロは1年半、ここにとどまって人々に神の言葉を教えた(11節)。あまり1ヶ所に腰を落ち着けて伝道しなかったパウロにとっては例外的である。言い換えるとコリントの町での伝道は成功したということなのである。なぜ、うまく行ったのであろうか。2つのことが挙げられると思う。
ひとつは、1節~3節にあるようにパウロがアキラとプリスキラという夫妻に出会ったということ。つまりパウロは伝道における信徒の協力者を得ることが出来たということであある。信仰が同じ、職業も同じということで、彼らはすっかり意気投合して、一緒に伝道した。教会の伝道というのは、伝道者だけでは成り立たない。信徒の協力者が必要、パウロはその協力者と出会うことが出来た。これは伝道が成功したひとつの大きな要因であると思う。私も伝道者のひとりとして21年働いて来た。その間に3つの教会にお仕えしたが、どこの教会においても素晴らしい信徒の協力者たちが与えられていた。私の伝道者としての生涯はそういう信徒の方々との出会いの歴史であったと言っても良いかも知れない。その出会って来たひとりひとりのお名前を書き上げたら、とても大きな名簿になってしまうだろうと思う。どんなに多くの人と思いがけない出会いをし、共に労してきたことであろうか。いただいた年賀状などを見ていると、共に教会のために労した日々を懐かしく思う。そのように、ふさわしい信徒協力者が与えられたこと、それが成功の要因となった。
もうひとつのことは、ふさわしい神の言葉が与えられ、それによって支えられることができたということである。実は、コリントにおけるパウロの働きは、最初から順風満帆だったわけでなく、むしろそのスタート時点においては、パウロは心が折れかかって、支えてもらう必要があったのである。パウロ自身がその時の思いを「
そちらに行ったとき、わたしは衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安でした 」(コリント第一2章3節)と語っている。パウロの身に一体何があったのか。多く人が指摘するのは、直前のアテネの町での伝道が思うように行かず、大きなストレスを受けていたということである。アテネの伝道の様子を記した17章32節~34節には、死者の復活ということを聞くと、ある者はあざ笑い、ある者は、「
それについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう 」と言うような反応が多数を占めていたことが書かれている。伝道で思うような結果を得られず、憔悴して、挫折を体験する中で、パウロはコリントに着いたのである。そういう不安や恐れという者は、夜に噴出するものであっ、夜は悩みと不安が闊歩する時である。そうした夜のこと、主が幻の中でパウロに言われた。「
恐れるな。語り続けよ。黙っているな。私があなたと共にいる 」(9節)。「
恐れなくていい 」、私が共にいるのだから・・・・。 主が共にいてくださるということは、神があなたの味方だ、ということ。今朝、私たちは礼拝に集まって来た。この新しい一年もこうやって礼拝に集う生活をするだろう。なぜ教会に来るのか。教会でしか聴けない励ましの言葉を聴くためである。その言葉は「
神が共にいてくださる、神があなたの味方である 」ということである。私たちは恐れや不安にとらわれることがある。そういうものから完全に自由ではない。今年も不安や恐れにとらわれることがあるかも知れない。しかし主が共におられるということにおいて、私たちはすでにその困難を乗り越えている!そう信じることが許されているのだ。もうひとつの伝道の成功の要因は、こういう励ましの御言葉が与えられていたことである。神様は、さらにパウロに続けてこう言われ。
「 この町には、わたしの民が大勢いるからだ
」(10節)。だから語り続けよ、黙っているな。教会の歴史において、この御言葉はまことに多くの伝道者たちの支えとなってきた御言葉である。神学生時代、因習の強い四日市の教会に夏の伝道実習に行ったことがある。そこの教会の牧師は、人々からの拒絶が続く中、この御言葉に支えられて、伝道を続けてくることができたと証された。神の民が大勢いる・・・それは、今はまだ信じてはいないけれども、やがて信じるようになる民を神様はこの町にたくさん備えておられるということを意味する。神様が民を選んで、用意しておられる。伝道はその民を集めること、御言葉というしるしを掲げて呼び集めることである。私たちがする伝道は、主のこの「
選びの跡をたどる 」ことなのであり、主の選びが早く明らかになるように私たちが仕えることなのである。「 この町には、わたしの民が大勢いる 」、昨年、この御言葉が私たちの教会でも成就して、泣かず飛ばすだったエリアからも今、求める人たちが与えられている。主の御言葉は確かだ。今年、私たちはこの御言葉に導かれて歩もう。
(2015年1月4日)
2015年1月4日日曜日
先週の説教要旨「 終わりの日を見つめて 」使徒言行録24章1節~27節
24章には、カイサリア駐在のローマの総督フェリクスのもとへと護送されたパウロが、そこで裁判を受けている場面が語られている。大祭司アナニアら、パウロを訴える点は3つ。第一点は、パウロは疫病のような人間で、ユダヤ人の間に騒動を引き起こし、ローマ帝国内の平和を乱す者であること。第二点は、パウロはナザレ人の分派の主謀者で、言わばユダヤ教の異端であり、ローマ帝国が認めていない宗教を帝国内に広めようとしていること。第三点は神殿さえも汚そうとしたということ。これはローマには直接関係ないこととも思われるが、エルサレム神殿の重要性、その影響力を考えるなら、ローマも無関心でいるわけにはいかないことだろう。ろう。でしょう。神殿に対して大変大きな罪を彼は犯したと訴えているのです。
これに対してパウロは一つ一つ反論して行く。まず第一点は、自分は騒ぎを起こすためではなく、ただ礼拝のためにエルサレムに来た。そしてまだそれから12日しか経っていないことに触れて、この短期間で騒ぎを起こすための準備などできるはずもないと述べる。第二の点は、確かに自分は彼らと異なる派に立っていることを認めつつ(キリスト教の教えはユダヤ教とは違う新しい教え)、しかしそのような新しい教えによって自分たちが礼拝し、従っているのは、「 先祖の神 」であって、決して別の新しい神を礼拝しているのではないということ。第三の点は、神殿を汚すどころか、むしろ自分は神殿の儀式を守っていたところ、それを見て誤解した人たちが騒ぎを巻き起こしただけなのだということ。パウロを訴える者は、やり手の弁護士テルティロを立てていたが、パウロにはそういう援助者はいなかったか・・・。いや、いたのである。神様は「
真理の霊 」という弁護者をパウロにつけてくださっていたのである(ヨハネ15章26節)。聖霊という弁護士の力強い支えがあったからこそ、パウロは正々堂々と弁明出来たのである。これを聞いたローマ総督フェリクスは、どのような判断をしたであろうか。フェリクスは千人隊長リシアが下って来るのを待って裁判を下すと、裁判を延期した。そしてこの延期の期間は2年間に及ぶことになる。パウロにとっては、はなはだ無意味な2年間を過ごさなくてはならなくなったかのように思えるが、そうではない。パウロは比較的自由に行動できたので(23節)、この期間に信仰の思索を深め、フィリピの手紙など、獄中書簡と呼ばれている手紙をこの2年の間にて書くことになるのである。神様を信じる者にとって、決して無意味なことはないのである。
さて、この裁判の中でパウロは被告として出廷しながら、もうひとつの裁判を見据えて弁明している。それは、世の終わりの日に行なわれる、神の御前における最後の審判である。パウロはその終わりの法廷をこの裁判の場でも見据えている。それは25節の「 正しい者も正しくない者もやがて復活するという希望を、神に対して抱いています 」という発言によく現れている。そして終わりの日の裁きを見据えている者とそうでない者との生き方の差が、パウロとフェリクスの二人によって鮮やかに示されているのである。終わりの裁きを見据えるパウロは、「 神に対しても人に対しても、責められることのない良心を保つように努めている 」という。「 良心 」という言葉は、日本語では「 良い 」という言葉が入っているが、もともとの言葉にはそういうイメージはない。良心と訳されている言葉は、ギリシャ語では「 一緒に見る 」、「 一緒に感じる 」、「 一緒に経験 」するという言葉なのである。英語ではconscience、con=共に、science=知ること、であり、英語も「 良い 」というイメージはない。本来、良心というものは、人間を超えた方と一緒に、見る、汁、経験する、感じているということなのである。その方の存在を意識しているとき、結果として「 良い 」者として生きようということにつながるのである。私たちは、世の終わり日、神様の前に立って裁きを受ける。しかしそのとき、私たちにも与えられている聖霊が弁護者として立ってくださり、こう言ってくださるであろう。「 確かに、この者は多くの罪を犯し、失敗をして来た者です。しかし私は、この人の人生のひとつひとつの場面で、共に見、共に感じ、共に経験し、なぜ、この者があのような発言をし、あのような行動を取ったのか、その思いはよく知っております。結果的には多くの至らなさがありましたが、この者の心には神様に向かって生きて行きたいという一筋の思いは確かにありました 」・・・そう言って聖霊の弁護によって、私たちは支えられ、永遠の命へと招き入れられるであろう。
パウロとは対照的なフェリクス、彼はパウロを通して信仰の真理、すなわち「 正義と節制と来るべき裁き 」について聴き、その罪深い過去のことで赦しを請い、神様の前で自身の歩みを建て直す良い機会が与えられた。たが、恐ろしくなって、「 また適当な機会に」と言って悔い改めるチャンスを先送りしてしまった。フェリクスの心には確かに警報が鳴ったのだ。もしそれへの対処が適切なら、「 恐ろしくなり 」は、「 喜びと感謝になり 」に変わるはずであった。しかし、彼は「 また適当な機会に 」と言い出し、警報のスイッチを切ってしまった。誤動作により警報が度々、鳴るので警報機の電源を切っていたということのように。フェリクスには二度と「 適当な機会 」は訪れなかったであろう(27節)。 (2014年12月28日)
2014年12月28日日曜日
成瀬教会 <聖書日課> 12月29日~12月31日
12月29日(月) 創世記15章1節~21節
15章には、12章7節及び14章15節~17節で語られていた神の約束を巡って、神様とアブラムのやりとりが記されています。アブラムは、自分に子孫が与えられるという約束がその通りになっていないという不満をダマスコのエリエゼルという名を持ち出して訴えています。すると神様は、アブラムに天を仰ぎ、星を数えるように促しました。現実をきちんと見ることも大事ですが、それだけではないのです。天を見上げることも大事です。約束の証拠を求めるアブラムに神様は契約のしるし(獣を裂くことは、契約違反をした場合、このようになるという事を意味します)を与えられました。ここでは、さらに子孫のエジプト行きと、帰還とが語られています。しかも、かなり長い期間のことが語られています。神様は、私たちが見ているよりもはるか遠くまでも見通した上で、最善のものを、最善のときに与えてくださるお方なのです。
12月30日(火) 創世記16章1節~16節
あいかわらず、子どもが与えられないアブラムとサライは、サライの発案によって、女奴隷ハガルによって子どもを得ようと考えました。すなわち、自力で神様の約束を成就させようとしたのです。しかしこの計画は、アブラム夫婦の不和、女奴隷ハガイの悲劇を生み出してしまいます。ハガイは、この事件のきっかけを作ったのはアブラムたちなのにと・・・その仕打ちに不合理を感じたことでしょう。しかし相手を責める前に、自分がサライを見下げていたことを反省しないと、元には戻れなかったのでした。ハガイの帰還はアブラムとサラに、どんな影響を与えたでしょうか。争いの種をいつも目前にしていることで、2人はますます不仲になったのでしょうか・・・分かりません。ただ厳しい状況であったことに変わりはないでしょう。神様のお約束を信じて末ことができず、自力で約束を成就させてしまおうとしたことがこれらの悲劇を生み、状況をさらに悪化させてしまったのです。信じて待つことの大切さを痛感させられます。
12月31(水) 創世記17章1節~27節
アブラムに再び、神様からの約束が語られるまでに何年経過しているのでしょうか・・・彼はもう95歳になっています。この長い期間は何のためなのかと思います。自分たちの手による可能性が完全になくなり、神様の言葉のみに信頼するしかないという状況を生み出させるための期間ということなのでしょうか。神様の言葉への徹底した信頼を身につけるには、とことん、人間の可能性がなくなるところまで追い込まれないといけないのかも知れません。神様は再度、約束を信じるように促し、その契約のしるしとしての割礼を指示されました。体に傷をつけることは、いつもそれを覚えさせられることにつながります。信じて待つことが求められています。2人の名前が変えられていますが、聖書では、名前の変更は新しい使命が与えられること、新しい出発などを意味します。ヤコブ(イスラエル)シモン(ペトロ)もそうでしたね。しかしこの期に及んでなお、アブラムは神様の約束に対して、 あざ笑うということで応えています。人はどこまでも罪深く、そして神様はどこまで忍耐と愛をもって人を導こうとされ続けています。
●2年間にわたり、成瀬教会聖書日課をご愛読くださり、ありがとうございました。12月31日をもって、聖書日課の配布を終わらせていただきます。この日課を用意するのは大変なことでしたが、自分自身にとりましては、やはり恵みのときでした。御言葉に触れ続ける、いや御言葉に触れられ続ける(私が)ことの幸いを改めて確認させられる2年間でした。信仰生活に王道はなく、地道に御言葉に触れられ続けること以外、信仰の成長を遂げて行く道はありません。
先週の説教要旨「キリストに出会う」マタイ2章1節~12節
この箇所を読むたびに不思議に思うのは、「 これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった 」(3節)ということ。どうして救い主が生まれるときに、不安になるのだろうか・・・。ヘロデは自分が王だから、新しい王が生まれるということは自分の地位がどうなるか、ということで不安を抱くことは分かる。しかしエルサレムの人々までなぜ、不安になるのだろうか・・・。イスラエルの人たちは皆、救い主が生まれることをずっと待ち望んでいたのではないか、不思議な思いになる。そういう思いをもって改めて聖書を読むと、クリスマスを巡って聖書に書かれていることは私たちがクリスマスに対して抱いているイメージとは違う。決して最初は喜びの話ではないのである。ヨセフは救い主が誕生するという出来事にぶつかったときに、まず不安や恐れを抱いた。マリアと始める2人の生活の夢や希望が打ち砕かれる、それがヨセフにとってのクリスマスの最初の形だった。ヘロデは新しく王として生まれたイエス様を無き者にしようと手を打ち、ベツレヘムとその周辺の2歳以下の男の子をことごとく殺してしまう。しかしこれは決して意外なことでも不思議なことでもないのだろう。なぜなら、クリスマスの出来事を伝える聖書の物語が不安や悩みや暗さに満ちているというのは、喜びも、幸いもないところに何が起こったか、ということを伝えようとしているからだ。
東方の占星術の学者たちは東の国からはるばるやって来た。なぜ彼らは、自分たちと違う外国の、しかも自分たちが今まで信じていたわけでもない神様の独り子、救い主だと言われる方を訪ねて来たのか。聖書にはそのことが詳しく書かれていない。だから想像してみる。あるとき彼らは、いつものように空を観察していて、新しい星の輝きを発見した。あの星は何かと問うて行ったときに、あれは神の子、救い主が生まれたしるしだということを知った。もしかしたら捕囚のユダヤ人が持っていた旧約の一部を見たのかも知れない。民数記24章17節など、救い主と星の関係について語る言葉がいくつかあるからだ。それでも彼らが自分たちの生きている場所で十分に満たされて、喜びの中に生きていたならば、おそらく旅に出ることはなかったであろう。彼らは星を調べて、それが救い主誕生の知らせだと知ったときに、おそらく、救われていない自分の存在に気がついたのだと思う。自分たちの人生に真の喜びが欠けているということに気がついたのではないか。クリスマスの光に照らし出されて、不安や悩みに陥っている人間の姿があぶり出されて来た。そういうことなのではないかと想像するのである
一方のヘロデはユダヤの王として君臨していたが、新しい王として神の御子が誕生したとの知らせを聞いて、自分の王としての支配がいかに過ちに満ちているかを思わずにおれなかったのではないか。エルサレムの人々は、救い主の誕生を待ち望んでいたが、いざ本当に神の御子が自分たちの目の前に現れるとなったときに、やはりまともに神様の顔など見られない自分たちの信仰のありようを思い、不安を抱かざるを得なかったのではないだろうか・・・。今朝の箇所に先立って登場したヨセフは、正しい人だったと書かれている。しかしヨセフはクリスマスの出来事に出会って、自分の正しさでは到底太刀打ちできないものがあるということを知らされた。自分の正しさは決して万能ではないことをヨセフは突きつけられ、恐れ、悩んだ。ヘロデもエルサレムの人々もヨセフも中身は違うが、クリスマスの出来事に最初にぶつかったときに、彼らは皆、自分の中にある恐れや不安というものを発見した。言い換えると、「
決定的喜びを欠いている自分 」を発見したのだと思う。その意味では占星術の学者たちと同じで、喜びを欠いていたのだ。その意味では彼らは同じスタートラインに立ちながら、そのゴールはあまりにも違ってしまった。どうしてなのか。学者たちは星を見つけて、それが救い主誕生の知らせだと分かったとき、これは外国の神様のことであって我々には関係ないと片付けないで、聖書に記された神様の預言の約束の中に踏み出して行った。その約束の中に身を投じた。ヘロデは学者たちに「
行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう 」と言っておきながら出かけなかった。神様の御心の中に進み出て、イエス様と出会い、イエス様を拝むために出かけて行ったかどうか、そのことがこの両者を大きく隔てた。学者たちは幼子を拝み、喜びに満たされる道を歩んだ。ヘロデたちは恐れや不安のままに生き、それに本当に押しつぶされるように歩んで行き、悲惨な出来事を引き起こして行った。イエス様と出会い、イエス様の前にひれ伏す、イエス様を拝む。そのことが私たち人間の歩みを決めるのだ。
誰も皆、喜びを欠いたところで生きている。悩みや不安を抱いて生きている。そういう者が救い主を信じ拝む。ただそのひとつの事柄によって変わって行く。学者たちの喜びを探す旅は終わった。イエス様を拝むということの中に自分の身を置くときに、喜びを探し求めるという私たちの旅は終わる。彼らが捧げた贈り物、黄金、乳香、没薬は一説によると、占いの時に使った商売道具だと言われている。つまり彼らが生きるための支えだ。人は、一番大切なものをイエス様にお委ねして行くとき、本当に喜びと平安に包まれるのである。 (2014年12月21日)
2014年12月21日日曜日
成瀬教会 <聖書日課> 12月22日~12月28日
12月22日(月) 創世記12章10節~20節(Ⅰ)
アブラムは飢饉から逃れるためにエジプトへ行きます。神様の示された約束の地で飢饉が起こったのは、選ばれた者に対する神様の訓練が始まったということです。エジプトは当時穀物の豊かな国で、地理的にも近い国でした。しかし残念なことに、アブラムは神様の導きを求めるのではなく、自力による解決を目指してしまったのでした。最初のときのように神様の命令で行動するのではなく、独自の判断で行動してしまったのです。彼は飢饉の前までは、それぞれの地で祭壇を建て、主の名を呼んで、祈ったのでした(8節)。しかし10節からのところには「
主 」という言葉さえ、登場していません。飢饉という問題を前にした時、彼は主の名を呼ぶことをしなかったのです。平常の時は、主に道を求めることができても、「
いざ 」となると自己判断、自力解決に動いてしまう。でも、それは解決への遠回りなのです。
12月23日(火) 創世記12章10節~20節(Ⅱ)
エジプトへ行ったアブラムは、エジプトの王ファラオに方便としての嘘をつきました。自分の身を守るために、妻を犠牲にしているみたいで、嫌な感じがしますね。神様は、これをどのように思われたことでしょうか・・・。でも、アブラムは生きることに必死だったのです。エジプトに逃れて来たことも、神様に問わなかったとは言え、必死に生き延びようとした行為でした。驚くべきことに、神様はそういうアブラムを罰するのではなく、ファラオの方を罰されました。アブラムは自分の失敗にもかかわらず、神様に罰せられず、かえって多くの財産を得ます。そして12章2節の神様の約束の成就に一歩近づいた形で約束の地に戻るのです。ここでのアブラムの姿は、放蕩息子と重なるものがあります。神様は罰することではなく、かえって祝福を与えることで、神様への畏れ、信頼を彼に植え付けさせられたのです。
12月24日(水) 創世記13章1節~4節
アブラムの物語には、甥のロトが登場します。不思議にも聖書は、彼の存在を何度も「 共にいた 」と紹介しています(12章4節、5節、13章1節、5節)。それはくどいと思われるほどなのですが、そこに意味があります。ロトがいたために、アブラムの生活はいつもスッキリしたものにならず、面倒くさい、やっかいな事件に巻き込まれてしまうのです(14章12節など)。しかしそういうものを引きずってアブラムは生きて行きます。アブラムの信仰生活には、いつもロトがつきまとっています。皆さんの信仰生活にも、ロトのようなやっかいな問題がいつもつきまとっているのではないでしょうか。しかしアブラムは「 このロトさえいなければ・・・」と思う、そのロトによって自身が変えられて行くのです。ロトがいたために、アブラムの礼拝はいつも切実なものになるのです。神様を礼拝せざるを得ない人間、神様を呼び続けざるを得ない人間となって行くのです。
12月25日(木) 創世記13章5節~18節
アブラムとロは、非常に多くの財産を手にしてエジプトから戻ります。しかしやがてこのことが問題を引き起こしました(6節、7節)。アブラムはロトと離れて生活することを決断し、ロトにどの場所に住むか、その選択権を与えます。年長者への遠慮を知らないロトは、肥沃な土地を選び、アブラムは損したように見えます。しかしロトに先に選ばせたということの中に、アブラムはその結果を神様に委ねていたことを見ることができます。自身の選びによってではなく、神様の選びによって生きようとするアブラムの信仰が輝いています(ヨハネ15章16節参照)。そんなアブラムに神様は優しく恵みの言葉を語られました(14節~17節)。神様の選びによって生きようとする者を、神様は決してお見捨てにはならないのです。
12月26日(金) 創世記13章14節~18節
「 主は、ロトが別れて行った後、アブラムに言われた。「さあ、目を上げて、あなたがいる場所から東西南北を見渡しなさい。見えるかぎりの土地をすべて、わたしは永久にあなたとあなたの子孫に与える
」(14節、15節)。一緒に旅をしていたロトは肥沃な「 低地一帯 」を選んで去りました。アブラムに残された地は、未開の荒れた地ばかりです。しかし神様は言われます。「 見えるかぎり土地はあなたのものだと 」・・・。利口な人はいつも目の前の肥沃な土地を上手に自分のものにして行きます。しかし嘆くことはありません。残りは全部私たちのものです。残りの広大な可能性の世界を、神様は私たちのために取っておいてくださるのです。
12月27日(土) 創世記14章1節~16節
大変です。ロトの住む地域の王たちの争いに巻き込まれ、ロトが財産もろとも連れ去られました(12節)。直ちにアブラムはロト救出に向かいます。アブラムは、良い地を選んだロトを恨んではいなかったのです。自分は主から祝福をいただいているという意識がなければこうはならないでしょう。肉親間では、遠慮がなくなり、欲がむき出しになりますから、一度こじれた関係を再生するのは難しくなります。でも、アブラムはロトを恨んでいなかった。自分は主から恵みを受けているという意識があったからです。あなたも、この祝福されているとの意識によって守られますように。
12月28日(日) 創世記14章13節~24節
アブラムは、人数差を越えて勝利し、ロトの救出に成功します(16節)。その勝利を祝福するために登場するサムレの王、祭司メルキゼデクは謎に満ちた人物で、その氏素性は分かりません。メルキゼデクに祝福されるアブラムを見つめるロトとソドムの王は何を思ったのでしょう。ロトは肥沃だけど危険な土地を選んだ自分の選択の愚かさを思い知りつつ、神様に信頼して生きるアブラムの姿に心惹かれたかも知れません。ケチなソドムの王(21節)は何も感じなかったかも知れません。
先週の説教要旨「人々の陰謀を縫って進むもの」使徒言行録23章12節~35節
ある餃子専門店の店主は色々な問題がある店にアドバイスするとき、あれやこれやと直そうとせず、一点だけ直すように指示するとのこと。人生もそういうものなのかも知れない。どんなに誠実に頑張ってみても、自分の思った通りには生きられないし、事は進まないという体験を私たちは重ねている。そうしたときに、自分のあそこが悪い、ここを直そうと、あれやこれやするよりも、一点だけを選んで、そこを直すことに集中する。そういうことなのだと思う。それでは、私たちにとってのその一点とは何なのか。そのことを今朝、与えられている聖書から聴き取りたい。
今朝の箇所はパウロ自身の身に危機が迫っていることが、ヒシヒシと伝わってくる。パウロの暗殺計画が進められているのだ。40人以上の者たちが、パウロを殺すまでは飲み食いしないと誓いを立てたと言うのである。この箇所には、『 パウロの暗殺陰謀 』という小見出しがつけられ、パウロの人生にとっては確かに危機なのだが、でもそこが神様の栄光を物語る場になっていることに気づかされる。暗殺の陰謀は、パウロを再びユダヤ最高法院に出頭させるように働きかけ、議会に向かう途中に殺してしまおうというもの。ローマの役人たちは、前日にパウロを議会に引き出したときに大きく混乱した経験から、注意力を議場に集中させ、議場に赴く途中に関しては注意が甘くなっただろうから、暗殺計画は簡単に成功していたに違いない。つまり、彼らの暗殺計画は固い誓いを伴う巧妙な仕掛けになっていて、侮りがたいものだったのだ。しかしそれをはるかにしのぐ神様の良い仕掛けが、絶妙なタイミングで現れたのである。大切なメッセンジャーとして登場したパウロの甥の存在、なぜ彼が計画を知りえたのか・・・。そして彼がそれを伝えるべく、千人隊長の元へ行ったときの隊長の丁寧な対応(19節)・・・、これらは神様の不思議な仕掛けだったとしか思えない。神様の愛にあって、私たちは絶望的な状況にも必ず、絶妙な形で神様の精密機械の歯車が噛み合って動き出すような事態の展開を見ることになる。「
人の心には多くの計らいがある。主の御旨のみが実現する 」(箴言19章21節)。私たちの歩みには自分の描いていた計画通りに行かないことが多くある。そのとき、私たちは不安になったり、恐れたり、イライラしたりするが、そのような思い通りに行かない時に、すべてのことが主の御手の中にあって導かれているということを私たちはいつも覚えていたい。「
主の御旨のみが・・・」というのは、私たちが何を計画してもしょうがないのだということではなく、「 計画通りに行く時も行かない時も、いつも主の御旨の中にあるという平安に立とう
」という励まし、あなたは主の御旨の中に置かれている幸いな人なのですよと、という神様のお約束なのだ。私たちの人生、一生懸命誠実に生き、使命を果そうとしたとしても、苦難が到来し、危機が迫ることがある。思い通りに事が進まなかったり、失敗をしたりして落ち込み、心が折れてしまうことがある。そういう人生を生きている私たちが一点だけ直すならば(直したいことが山ほどあったとしても)・・・、それは計画通りに行く時も行かない時も、いつも私たちは主の御旨の中にあるのだということ、私たちは主の御旨の中に置かれている幸いな人なのだ、という神様のお約束を信じる、その一点だけを直すことなのであろう。こうしてパウロの身は、陰謀渦巻くエルサレムから100キロほど北に位置するカイサリアへと移されることになる(カイサリアには、ローマの総督府があり、ユダヤの王ヘロデの官邸があった)。ローマ総督フェリクスの元に護送されるパウロの様子が23節、24節に記されている。指揮官である千人隊長の支配化のほぼ半数の兵士が動員され、パウロは馬に乗った。その姿は犯罪者として訴えられている者のそれではなく、たくさんの兵士を引き連れて戦地から戻って来る凱旋将軍のようだ。 馬上の人となったパウロの耳には、「 勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない 」(23章11節)との神様のお約束の言葉葉が鳴り響いていたのではないか。そしてパウロは「 ここは地上の楽園だ 」とささやいたかも知れない。神を信じる者は、その住んでいる所を地上の楽園にする信仰を与えられている人々なのだと思う。「 住めば都 」という言葉があるがキリスト者こそは、「 住めば都 」を地で行くような人たちなのだ。先日の女性会、出身地と今まで生活した地域を皆に紹介してもらった。地震や災害に遭った地域もあった。私たちはひとりひとり、人生を生きて来る中で様々な経験を重ねる。思わぬ形で降りかかってくる災害ものもあれば、病気、事故、怪我、いろいろな困難や試練が私たちの人生という旅には待ち構えている。しかしキリスト者は、どこに身を置いていたとしても、そこを「 住めば都 」にしてしまう不思議な人たち。なぜなら彼らには精密機械を造られた方、主の御旨のみが実現するという方が共におられるから・・・。今朝合わせて読んだ詩編139編には、神様は本当にどこにでも私たちと共にいてくださるという信頼が記されている。パウロがカイサリアへ護送されたその道にも、主はパウロに伴っておられた。主はここにいる私たちに対しても、本当にどこにでも共にいてくださるので、私たちの生活も「 住めば都 」になる可能性に満ち満ちているのである。(2014年12月14日)
2014年12月14日日曜日
成瀬教会 <聖書日課> 12月15日~12月21日
12月15日(月) 創世記10章1節~32節
ノアの子孫の系図が記されています。こういう箇所は、読んでいてもあまりおもしろくないかも知れません。よほど、系図に関心のある方でもなければ・・・。ノアは洪水という神の裁きを通り抜けてなお、子孫を残していきました。「
生めよ、増えよ 」(創世記1章28節)の約束は、洪水の後も、なお生きていることが確証されていますね。私たちの神は裁き、滅ぼす神ではなく、裁きを通して罪を、赦し、生かそうとされる祝福の神なのです。祝福に至らせるために、時には厳しく裁かれるということもあります。神はあくまでも私たちにとって祝福の神なのです。
12月16日(火) 創世記11章1節~9節(Ⅰ)
バベルの塔の物語。人は、多くの民族、氏族に増えましたが、同じ言語、同じ発音であることにより一致は保たれていました。「 多様性における一致 」を彼らは賜物として与えられていたわけです。彼らはその賜物を守ろうとして、世界に離散していくのを防ぐ努力を試みました。それが塔を建てることだったのです。しかし神はそれをやめさせられました。彼らが主を念頭に入れていなかったからです。神様抜きで一致を保とうとしていたのです(詩編127編1節~2節参照)。「
頂を天に 」という発想は、自分が神になりかわろうとする自己神格化、創造主と被造物の立場を主客転倒させる、被造物の越権的行為なのです。主客転倒・・・私たちが犯してしまいやすい罪です。主を主として歩めますように、それが私たちの祈りです。
12月17日(水) 創世記11章1節~9節(Ⅱ)
バベルの塔の結果、言葉は混乱して人は散り散りになりました。それは昔のことではありませんね。文明が発達し、メディアが世界の隅々まで支配するようになった現代ですが、人と人の間に言葉はいよいよ通じにくくなっているのを実感しますね。隣国同士の争いはエスカレーへとするばかり、お互いがお互いを主張するのみで、「
共生 」ではなく、「 排除 」の原理が強く働いているように思えます。聖書は、人と人の言葉が通じなくなったことを「 神がなされた業 」だと語ります。なぜ神がそのようなことをなさったかと言うと、人は人の言葉によって生きることはできず、神と向き合い、神に聴く言葉によってのみ、生きることができるからです。だから人は、神に聴くべきために、散らされたのです。
12月18日(木) 創世記11章10節~32節
ノアの3人の息子のうちのひとり、セムの系図が記されています。私たちはこの名前の羅列の中に、アブラムの名前を見つけることができますね(27節)。アブラムの妻の名はサライ(29節)で、「 サライは不妊の女で、子供ができなかった 」(30節)と紹介されています。このあと12章以降、アブラムを基とした神の壮大な人類救済の物語が始まります。その主人公となるアブラムたちが、深い悲しみを抱きながら生きていた人(当時の価値観では、跡取りがいないことは人として不十分だと考えられたのです)であったと言うことは、私たちを励ましますね。今のあなたの悲しみは、神様の御手のうちあり限り、悲しみのままでは終わらないのです。悲しんだ分がそっくりそのまま大きな喜びとなって神の御手から戻って来ます。
12月19日(金) 創世記12章1節~5節(Ⅰ)
アブラムは、すべての人の祝福の源となるために神から選ばれました。祝福を自分のところに留めておくのではなく、それを他の人に手渡すために選ばれた・・・。つまり、自分が選ばれたのは、他者のために選ばれたのでした。このことは私たちが神の救いに与ったということが、何のためであったかを確認させてくれますね。私たちも他者に祝福を届けるために、他者に先立って選ばれたのです。ところで、アブラムがなぜ神に選ばれたのか、その理由は書かれていません。それはアブラムの側に選ばれるにふさわしい何かの理由があったから、と言うのではなく、神の側の全く自由な選びによって、彼は選ばれたのだ、と言うことなのです。私たちの選びの意味を今一度、受け止め直して、今日、遣わされ場に出て行きましょう。
12月20日(土) 創世記12章1節~5節(Ⅱ)
アブラムは、神から言われました。「 あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める。祝福の源となるように 」(1節~2節)。国、親族、あるいは父、これらはすべて、アブラムに影響を与え、彼の生活を成り立たせて来たもの、アブラムの日常そのものであります。神の言葉は、そこから身を引き離せ、と語りかけたのです。神の言葉は、ある意味で、私たちをその日常性の中から私たちを絶えず、繰り返し、引き離すものです。今、ここで生きている日常の生活、その状況の中に埋没し、沈み込んでしまいそうになる私たちを、絶えず、そこから引き離し、真の人生の目的地、天の故郷へと私たちを向かわせる、それが神の言葉です。
12月21日(日) 創世記12章6節~9節
約束の地に入ったアブラムは、場所を何度か移動します。付近の住民との関係など、よそ者の彼は居づらかったこともあったのだと思います。しかしかの居た場所には祭壇が残りました。「
アブラムは・・・そこにも主のために祭壇を築き、主の御名を呼んだ 」(8節)とあるように。祭壇・・・それは彼が祈りながら歩いたことを物語る痕跡です。つまずいたこと、どうしてこんなことに・・・と思うこともあったでしょうが、それぞれの場所が彼のたびの一里塚となりました。信仰の歩みは、たとい失敗してもゼロからのやり直しということにはなりません。祈って闘ったその場所が、必ず次の歩みへの土台として用いられて行くのです。
先週の説教要旨「 良心に従って生きて 」使徒言行録22章30節~23章11節
『 スタンド・バイ・ミー
』という映画がある。「 私のそばにいておくれ 」という意味だ。この物語の主人公は、少年の頃、3人の親しい友がいたが、皆、家庭環境は幸福ではなく、心に傷を抱え、将来に期待を持てないでいた。ある日4人は、死体探しのたびに出る。3日前から行方不明になっている少年が、30キロ先の森の奥で、列車に跳ねられ死体のまま野ざらしになっているとの話を聞き、その死体を見つければ有名になる。英雄になれると思ったのである。途中、喧嘩もするが助け合いながら、鉄道の線路に沿って冒険のような旅を続ける。夜は森で野宿をし、彼らは自然と今まで心の内に秘めていた誰にも言えなかった悩みや悲しみを互いに打ち明けあう。そして、友の存在に支えられるというかけがえのない経験をする。この物語は、人には「
側にいてほしい 」という心の叫びがあること、そしてその叫びを聴いてくれる友がいてくれることの大切さを伝えている。しかし人はそれをどんなに強く願っても、その叫びには応えきれない面がある。物理的に、あるいは人の弱さと能力のゆえに・・・。今年の6月に息子が入院し、手術を受けた。両親が病院を離れているとき、担当の看護師から電話があった。何か良くないことが起きたかと動揺したが、「
息子さんがご両親のどちらかが早く病院に来て、そばにいてほしい 」と言っていますとの電話だった。私立ち夫婦はできるだけ、その願いに応えようとしたが、さすがに手術室の中までは入って行くことはできなかった。私たちは隣人の悲しみ、痛み、不安を支え、励ましてあげたいと強く願っても、側にい続けてあげられない限界を抱えているのである。そうであればこそ、どんな時、どんな場所、どんな状況にあっても、私たちの側にいてもらえる友を持つことが必要で、聖書はそのような友こそ、主イエス・キリストなのだと教えている。
今朝の使徒言行録第23章11節は、パウロが体験した出来事を記している。「
その夜、主はパウロのそばに立って言われた。『 勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証したように、ローマでも証をしなければならない 』」。「 主はパウロの側に立って
」というところを英語の聖書で読むと、The Lord stood by him となっている。パウロは厳しい試練のただ中で、スタンド・バイ・ミーという祈りを主に捧げていたことであろう。その切なる叫びに応え、イエス様はストゥド・バイ・ヒム、パウロの側に立って、パウロを真に力強く支えてくださったのだ。今年一年、イエス様は、あなたのどのような「
主よ、私の側にいてください 」という祈りを聴き取ってくださったことだろうか・・・。息子が手術室に送り出されたあと、手術室の前に座っていた私たちの前に、知人の牧師が訪ねて来て、ひと言、祈って帰って行かれた。彼は祈るためにわざわざ来てくださったのであるが、主が「
わたしが彼の側にいる 」ということを私たちにお示しくださったのだと受け止めた。主は私たちの行くことのできない所であっても、彼のそばにいてくださったのである。
今朝の箇所を見ていると、パウロは「 こんな男は地上から除いてしまえ。生かしておけない 」と人々から非難され、ののしられているにもかかわらず、その困難な状況に対して、余裕のようなものを感じさせる。大祭司アナニヤの前で、「
あくまでも良心に従って神の前に生きてきた 」と言うが、これはパウロの敵になってしまっているあなたたちは、神の御前に反良心的になってしまっているという勇気ある発言である。余裕がなければこうは言えまい。さらにパウロは議場を見回して、サドカイ派とファリサイ派の議員がいるのを見ると、双方が意見を異にする死者の復活の問題を発言し、わざと議場を混乱へと導く。慌てた千人隊長はパウロをその場から引き離させる。パウロの狙い通りになったのだが、この状況にしてこの余裕ある対応には驚きを禁じえない。ユーモアさえ、感じられるではないか。この余裕は一体、どこから来ているのだろうか。『
キリスト教とユーモア 』という本の中で宮田光雄氏は、イエス様やパウロの笑い、ユーモアを例示しながら、神の恵みの下に究極的な神の勝利の実現を信じることで、今生きている現実の幸不幸を、一定の距離をおいて眺めることができる。そういう精神的な態度をもって生きる中で生まれるのがキリスト教的ユーモアなのであると言っている。それによれば、パウロのユーモアさえあふれる余裕の対応は、神の究極的な勝利を信じる信仰、その勝利者が自身のそばにいてくださっているという信仰から生まれていたものなのである。
受付のラックの中に伝道用に『 こころの友 』という小紙を置いている。イエス様こそがあなたの心の友、そのイエス様をご紹介するという目的で発行されているものであるが、12月号は「
しあわせ難病生活を伝えたい 」というタイトルで、大橋グレース愛喜恵さんの証が掲載されている。不思議なタイトルと思われるかも知れない。難病生活としあわせは本来、結びつかないものだから・・・。彼女は病のために手にしていた柔道北京オリンピックアメリカ代表の権利を失う。そればかりか、相次ぐ体の不調に苦しんでいる。胃ろう、てんかんの発作、記憶障害、感覚麻痺、呼吸器も外せない。しかし、NHKの番組『バリバラ』のスタッフとして充実した難病生活を送っている。それは「
主が彼女のさばに立っていてくださるから 」という恵みが造り出した奇跡としか言いようがない。 (2014年12月7日)
2014年12月7日日曜日
成瀬教会 <聖書日課> 12月8日~12月14日
12月8日(月) 創世記5章1節~32節(Ⅱ)
「 セトは百五歳になったとき、エノシュをもうけた。セトは、エノシュが生まれた後八百七年生きて、息子や娘をもうけた。セトは九百十二年生き、そして死んだ
」(6節~8節)。ここには、人が何年生きて、そして死んだということが繰り返されています。人はそれぞれの一生を生きて、次の世代へメッセージを残すのです。人は多くの人生を生きることはできず、制約されたただ一度の人生を生きるだけです。人は、その生き抜いた、ただ1回の人生によって、後の人たちに言葉を語るのです。「
アベルは死にましたが、信仰によってまだ語っています 」(ヘブライ人への手紙11章4節)とあるように・・・。それでは、あなたは何を語るのでしょうか。
12月9日(火) 創世記6章1節~13節
創世記6章から9章は、ノアの洪水の物語です。これらの章は、私たちに神様の内にある心を直視させ、その御心をありありと知らしめます。この大洪水の出来事において、最も心を痛めておられるのは、植物や動物、人間でもありません。神様ご自身です。たとえ造られたもののすべての苦悩を寄せ集めてひとつにまとめたとしても、天の父がご自身の創造物をご覧になって抱かれる苦悩に比べたら、それは万分の一にもならないでしょう。洪水前の人間たちは、神なき人間です。神なき人間の姿を、聖書は「
堕落 」と「 不法 」(11節)の2文字をもって表します。そこで神様は一大決心をされます。それは重症患者の大手術のようです。神様は重症の患者にもなお希望を持たれるのです。「
医者を必要とするのは丈夫な人ではなく病人である 」(マタイ9章12節)という言葉が想起されます。神様は人間にとって、最後まで名医であろうとされます。もちろん、名医たりとも直ろうとする意志のない者にとっては、いかなる巧みの業も意味をなさないのですが・・・・。
12月10日(水) 創世記6章14節~22節
神様の後悔の中で、ノアは主の好意を得ました(8節)。ノアは人類の希望の砦となり、神様に命じられた通りに箱舟を造ります(22節)。そしてその箱舟に入った者だけが洪水による滅びから免れることができるのです。この箱舟は、長く教会を現しているのだと理解されてきました。それゆえ、教会堂を舟の形に設計することもありました。カンバーランドの渋沢教会はこの箱舟をイメージした造りになっているのをご存知でしたか。ある意味、現代人も日毎、押し寄せる様々な洪水に押し流されていますね。教会に身を寄せることが、洪水からの救いとなるのです。私たちは、ノアのように、この箱舟をせっせと造るのです。誰をも迎えられるように。
12月11日(木) 創世記7章1節~20節
雨はやむことなく、降り続けます。水かさは増え、ついに水は箱舟を押し上げました(17節)。洪水の始まりです。しかし一方では人を打ちのめす水が、他方ではノアを高く浮き上がらせる水となる・・・。苦難が世の一切を呑み込んで行く一方で、信仰者にとってはそれが単なる苦難ではなく、試練であり、それを通じて民を救いへと引き上げて行くのです。ほとんどの人間にとって、これは苦難以外の何ものでもないと思われるようなことが、信仰ある者にとっては同時に、それは神の試練、神の祝福となるのです。神の祝福というのは、私たち人間が頭で考えるほど、分かりきった単純なものではありません。これは祝福だった、これは祝福ではなかったということは、人間には本当は分からない部分がたくさんあるのです。神によって本当に目が開かれた者たちだけが、神のなさるすべてのことは祝福となっていると知るに至るのです。
12月12日(金) 創世記7章21節~24節
「 水は百五十日の間、地上で勢いを失わなかった 」(24節)。試練の恐ろしいところは、「 終わりが見えない 」ということです。洪水の中を、ノアの箱舟は漂っていました。そのまま放置されてドラマが終わるということもありえたのです。しかし、激流の中で箱舟は悠然と浮かんでいました。時代の激流の中で悠然と浮かんでいる・・・それは洪水の終わりを信じ、神の約束を信じる信仰による以外にありません。今日の教会も、神様による終わりがあると信じるから悠然と歩めるのです。
12月13日(土) 創世記8章1節~22節
「 主は宥めの香りをかいで、御心に言われた。『
人に対して大地を呪うことは二度とすまい。人が心に思うことは、幼いときから悪いのだ 』」(21節)。不思議な言葉です。人間もいくらか良いところがあるから赦す、というのではありません。可能性があるから受け入れようというのでもありません。人は根っから悪い、と言うのです。可能性など、ないと言うのです。それだから、もう審くことはしないと言うのです。ここは人間の弱さ、もろさ、罪悪を御自分の痛みとして担おうとする神様の決意が込められています。いかんともしがたい我が子の問題を,自分が負うしかない、と親が決意するように・・・。
12月14日(日) 創世記9章1節~28節
神様は「 虹の契約 」を立てられました(9節~11節)。もう2度と洪水による裁きを行なわないと・・・。そのためのしるしとして虹を置かれたのです。「
雲の中に虹が現れると、わたしはそれを見て、神と地上のすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた永遠の契約に心を留める 」(16節)。虹を見たら、しっかりしろ、気を引き締めろ、と神様は言われませんでした。虹はもう二度と地を滅ぼすことはしないという神様の約束でした。そして虹を見るたびに、16節の約束を神様が「
心に留め 」てくださるというのです。だから生きとし生ける者は、手放しで虹を仰いで喜んでいいのです。
先週の説教要旨「 天国の市民 」使徒言行録22章17節~29節
今朝の箇所、三つの「 市民権 」というものを考えさせられた。今朝は、そのことをお話したいと思う。第一は、ユダヤ人の市民権である。パウロを訴え、非難するユダヤ人たちは「 こんな男は地上から除いてしまえ。生かしてはおけない 」(22節)とわめき立てた。それは、パウロがユダヤ人の市民権、いわばその特権を否定することを言ったからだ。パウロは自分に与えられた弁明の機会を自身の信仰の証の場として用い、その証の中で「 行け。わたしがあなたを遠く異邦人のために遣わすのだ 」(21節)と、主から使命を託されたと語る。それは、ユダヤ人の特権だと彼らが考えていた神の救いの恵みが、異邦人にも与えられることを意味した。ユダヤ人は神に選ばれた選民としての誇りを持ち、神の救いの恵みは自分たちのものであると自負していた。そしてそれこそがユダヤ人の特権、市民権であると考えていた。パウロはそれを否定したのである。こういう選民意識は、私たちとはかけ離れたことのように思うかも知れないが、決してそうではない。よく聖書を読み、よく祈り、熱心に集会に出席し、教会のために奉仕している者は、自分はちゃんとした信仰者、あの人は自分に比べて少しだらしがない信仰者と言った具合に区別し、その人が自分と同じように扱われることに内心不満を覚えたりしやすいのではないだろうか・・・。パウロを非難するユダヤ人も、自分たちが異邦人と同じに扱われるのが、我慢ならなかったのである。だが、神の救いの恵みはパウロの言う通り、人間がどれだけ努力したか、どれだけ真面目に信仰生活を送ったかによって計られ、与えられものではない。神の救いの恵みへの応答としての熱心さ、忠実さ、努力が、結果として他者に寛容になれず、人を認められない排他主義的なエゴイズムだとしたら、それは残念なことである。それは恵みを与えてくださる神様の御心とは、遠くかけはなれている。
第二は「 ローマの市民権 」である。パウロがユダヤ人の市民権を否定したため、今まで静かにパウロの証を聞いていたユダヤ人たちは再び、騒ぎ始めた。その騒ぎを収めようと、千人隊長はパウロを兵営に入れるように命じ、人々がどうしてこれほどパウロに対してわめき立てるのかを知るために、鞭で打ちたたいて調べるようにと言った。そこでパウロは自分がローマの市民権を持つ者であると口にした。ローマの市民権を持つ者は、裁判にもかけられず、判決の出る前から、鞭で打たれて尋問されるというような野蛮な事態からは免れることができた。パウロは、それで助かったのである。ユダヤ人であるパウロがどういう理由で、この市民権を持っていたのかは分からない。しかしパウロは、自分が持っていた社会的な権利を最大限に生かして用いた。それは、命が助かるためにということもあっただろうが、神様から託された異邦人伝道の使命を考えたからこそであっただろう。神様は、伝道の働きのために、しばしば、伝道とは関係ないと思われていたものを利用なさる。泉教会の潮田先生は、現在の教会堂を入手するときに、ご自分が父親から譲り受けた「 農協の正会員 」であったことが入手の決定打となったと言う。すべてのことを相働かせて益としてくださる全能の神様は、農協の会員権でさえ、伝道の働きのための武器として用いられる方なのである。ローマの市民権は、ローマ帝国に福音を携える、異邦人の使徒となるパウロに、神が備えられた武器だったに違いない。私たちがこんなものは伝道の役には立たないだろうと決め付けてしまっているもの、それが神様の働きのために無くてはならない大事なものになるのである。ダビデは、羊飼いが獣を追い払う石投げを、ゴリアトを倒す武器にした。マタイは徴税のために使った筆を、彼の福音書を書くために役立てた。ヨセフは、父親のヤコブの遺体を約束の地カナンに葬るために、当時の医療技術の最高峰にあったミイラの技術を役立てることができた。こんなものは・・・神様にあっては、なくてはならないものなのである。あなたは自分自身のことを伝道には役に立たない者とみなしていないだろうか。決してそんなことはない。この方にあっては、あなたも確かに用いられるのである。
第三は天国の市民権である。パウロは、ローマの市民権を盾にして鞭打ちの尋問を免れた。しかしパウロは、ローマの市民権を頼りにして生きていた人間ではない。パウロの心をいつも占めていたのは、自分はローマの市民であるという意識ではなく、自分はキリスト者であるという自覚であった。そのパウロが後に、フィリピの教会の信徒たちにこう書き送った。「 あなたがたの国籍は天にある 」(フィリピ3章20節) ・・・。パウロは、神の国の市民権、すなわち天国の市民権にこそ、信頼して生きたのである。天国の市民権、それはその市民権を与えてくださった方を信頼して生きてよいという権利。そういう者に、このお方は必ず応えてくださるという権利である。果たして・・・私たちは天国の市民権というものを日々の歩みにおいて行使しているだろうか・・・。その行使は、何よりも祈りにおける行使である。祈りは天国の市民権を行使することである。「 行け。わたしがあなたを遠く異邦人のために遣わすのだ 」(21節)と言われる主は、私たちに天国の市民権を与え、それによって生きるようにと遣わされるのである。
(2014年11月30日)
2014年11月30日日曜日
成瀬教会 <聖書日課> 12月1日~12月7日
12月1日(月) 創世記3章14節~15節
アダムとエバを背信へと誘惑した蛇(悪魔)に、神の裁きが宣告されています。「 お前と女、お前の子孫と女の子孫の間に、わたしは敵意を置く。彼はお前の頭を砕き、お前は彼のかかとを砕く
」(15節)。この言葉は原福音と呼ばれ、女の子孫とは救い主イエス・キリストのことを言っていると理解されています。女の子孫であるイエス・キリストが悪魔に対して、最終決着をつける。悪魔は御子のかかとを砕くような傷を負わせますが(十字架)、それは致命傷ではありません。反対に、御子は蛇の頭を砕くという致命傷を与えます。つまり、悪魔に対して完全に勝利するのです。神様は、最初のときからすでに救い主による人間の贖いを考えていてくださったのですね。神様は私たち以上に、私たちの救いのことを熱心に考え、導いていてくださいます。それゆえのフィリピ3章12節の私たちの姿勢なのです。
12月2日(火) 創世記3章16節~19節
蛇(悪魔)だけでなく、神様は男と女に対しても、裁きの宣告をなさいました。女は出産に伴う苦しみが大きくなると言われています(16節)。男は食べ物を得るための苦しみ、すなわち労働の苦しみがあると(17節、19節)、宣告されています。しかし、この裁きは単なる苦しみだけではなく、大きな喜びが伴っていることを忘れないようにしましょう。そこに神様の心が感じられますよ。出産は、「
産めよ,増えよ、地に満ちて 」(1章28節)と、祝福として語られていましたね。どんなに苦しんで子どもを産んだとしても、そこには新しい命を生み出した喜びがあります。それは苦しみ以上に大きなものです。額に汗して日毎の糧を得ることも、苦しみだけではなく、達成感や充実感、そして家族を養える喜びというものが伴います。神様の裁きは、単なる裁きでは終わらず、祝福をより祝福と感じさせる働きをするのです。イエス・キリストのあの十字架がそうであるように・・・・。
12月3日(水) 創世記3章20節~24節
「 こうしてアダムを追放し、命の木に至る道を守るために、エデンの園の東にケルビムと、きらめく剣の炎を置かれた
」(24節)。神様はエデンの園からアダムとエバを追放されました。神様はエデンの園の命の木を守るために、再び彼らが園に入らぬよう、見張りのケルビム(天使)ときらめく剣を配置されました。見張りを置いたということは、神様もエデンの園から出られたのだということでしょう。神様が園におられるならば見張りなど必要ないからです。神様はアダムとエバの後を追うように、ご自身も園を出られたのです。まるで我が子の行き先を案じる親のように・・・。1匹の羊を追い求める羊飼いの姿が、神様のお姿と重なりますね。
12月4日(木) 創世記4章1節~7節
カインとアベルの物語です。この物語の解釈の困難さは、なぜ、カインの捧げ物を神様はお喜びにならなかったのか、その理由が記されていない点にあります。そのために、いろいろな理由が考えられて来ました。捧げる心の姿勢、すなわちカインは最上のものではなく、どうでもよいものを捧げてしまったのだとか・・・。でもそれらは推測の域を出ませんね。確かなことは、カイン本人はその理由を知っていたであろうということ。なぜなら彼は顔を上げられないでいたのですから。このよう信仰生活には、他の人には分からない、本人にしか分からないという部分があります。そしてその本人と神様にしか分からない部分をいい加減に誤魔化すのではなく、真剣に、大切にする、人の目ではなく、神様の目、それが信仰の肝なのです。
12月5日(金) 創世記4章8節~16節
人類最初の殺人事件が起きてしまいました。カインが怒りをアベルにぶつけてしまったのです。神様との健やかな関わりを失うとき、人は他者との健やかな関わりをも失うことになります。人間のストレスの9割は人間関係から来るといわれますが、それを聖書の観点から言い換えると、人間のストレスはすべて神様との関わりの喪失が根底にある、と言うことです。嘆きの言葉を口にするカイン(13節)に対し、神様は彼を守るためのしるしを与えてくださいました(15節)。どんなしるしであったのか、分かりません。しかし私たちには「
神様があなたを守る 」という明確にしるしが与えられているのですよ。それはイエス様が十字架にかかり、三日によみがえられたというヨナのしるし(マタイ16章4節)と言われるものです。御子の十字架と復活は、神があなたを愛されていることの最上のしるしなのです。
12月6日(土) 創世記4章17節~26節
「 セトにも男の子が生まれた。彼はその子をエノシュと名付けた。主の御名を呼び始めたのは、この時代のことである
」(26節)。これは、心惹かれる言葉だと思います。彼らは祈り始めたのです。祈り始めたところでは、この地上においてさすらう中にも故郷が生まれるのです。もしあなたが今、この地上の生涯を、たださすらうだけのつまらないものと感じているならば、ぜひ、祈り始めてみましょう。
12月7日(日) 創世記5章1節~32節
アダムの系図が記されています。人の名前ばかりで、読んでいておもしろくないと思われるかも知れませんね。ここには何々を設け、何年生き、そして死んだという言葉が繰り返されています。「
産めよ,増えよ、地に満ちて 」(1章28節)と言われた祝福の言葉と対立することが、語られているわけです。死んだ、という言葉が繰り返される中、「
エノクは神と共に歩み、神が取られたのでいなくなった 」(24節)という言葉は異彩を放っています。そうです。神と共に歩むとき、人はたとえ肉体の死を迎えても、それは死でないのです。神のもとに取られた、依然として神と共にあるのです。ここには死を越えた祝福も記されているのです。
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